いないのだ。だが、すぐあとから持って来る。金を持って来れば、かならずボロンの大壜を三つ渡してくれるね」
「そんなに、くどくおっしゃって下さらなくとも、大丈夫です。かならずお渡しいたします」
「きっとですぞ。きっとだ! もしそれをまちがえたら……」
 と言いかけて、丸木は、後の言葉をのみこみ、
「いや、すぐにお金を持って来る。待っていてくれたまえ」
 おし問答のはて、丸木は薬屋の店をとび出した。
「おい千二。お金を手に入れなければならないんだ。さあ、お前も来い」
 何を考えたか、丸木は、千二の手を取ってどんどん走りだした。
 もう午後九時は近い。が、銀座通は、昼間のように、たいへんにぎやかであった。
 丸木はその人込の中をわけていく。一体彼は、なぜお金を持っていないのであろうか。
 丸木は、千二の手を引いたまま、夜の銀座通の人波をかきわけて、どんどん前へ歩いていく。
「丸木さん、どこへいくの」
 千二が、心配になって聞くと、
「だまっておれ。声を出すと、ひねりころすぞ」
 丸木は気がいらいらしているらしく、ひどい言葉で、千二をしかりつけた。千二は、丸木の冷たい手から、自分の手をはなそうと
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