あっ、そう乱暴しちゃ服がやぶれますよ。はなして下さい」
「ぜひ、ぜひボロンをたのむ」
 丸木は、必死であった。
「いや、いけません」
 年のわかい薬剤師はすこし怒っているらしく、きっぱり丸木のたのみをしりぞけた。
「そう言わないで。あとから君にも、たっぷりお礼をする」
「いや、だめです。お金を持って来なければ、ボロンでも何でもお渡し出来ません」
「どうしても、だめか」
 と、丸木はうらめしそうに、薬剤師をにらみつけた。
「お金を持って来ない人に、どんどん薬を上げていたのでは、商売になりませんや。じょうだんじゃありませんよ」
 と、若い薬剤師は、丸木にからかわれたとでも思ったのか、本気になって、怒っている。
「ふふん。どうしてもだめか」
 丸木は、あらあらしい息で、またうなった。全く気味のわるい人物である。
「ああ金! 金さえ持って来れば、ボロンを売ってくれるんだな」
「もちろんですよ。たった六円九十銭ぐらいのお金に、おこまりになるような方とも見えません。じょうだんはおよしになって下さいよ。本気のお買物なら、もう午後九時も近くなりましたから、早くお願いいたします」
「金は、今ここに持って
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