しい。
「丸木さん、一体どうしたの」
 千二は、丸木のところへやって来て、わけをたずねた。
 丸木は、いかめしい姿に似合わず、ひどくあわてている。その様子が、ますますはげしくなった。
「おい千二。お前、金を持っていないか」
「僕? 僕は、お金なんかすこしも持っていない。なにしろ、魚をとりにいくために家を出かけたので、お金なんか一銭も持っていないですよ」
「そうか。それは、どうも困った」
「丸木さんは、お金を持っていないの。なくしたんですか」
「いや、お金のことは知っていたが、ついそれを用意することを忘れた。そうだ、買物をする時には、お金がいるんだったなあ。ああ、大失敗だ」
 丸木は、ひとりでさわいでいる。
「じゃあ、ボロンを買うのは中止ですね」
「それは困る。どうしても、ボロンを買っていかなければ、困ることがあるのだ」
 丸木は、今はもう自分に代って、千二に用事をしてもらっていることが、がまん出来なくなった。彼はいきなり薬剤師の白い服をつかまえ、
「ねえ君、金はあとでとどけるから、ボロンを渡してくれたまえ」
 薬剤師はおどろいた。いきなりお客さんに、自分の服をひっぱられたのだから。

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