明晩の月に特にご注意下さい。望遠鏡で月の面をごらん下さい。その時、月の面に、何か変ったことがあらわれるかも知れません。どうぞ、明晩の月を御注意下さい」
 矢ヶ島天文台は、すこぶる内気で、人々にこう呼びかけるのであった。
 明晩の月? 果してどういう月が眺められたであろうか。
 いくら矢ヶ島天文台の台長がおかしいにしろ、こう度々《たびたび》月のことばかりを言出すものだから、一度、その放送を聞いて気になり出した人は、そのあとも矢ヶ島天文台の放送を聞かないではおられなくなった。
 さて『明晩の月』と、昨日の放送で注意のあった月が、いよいよ夕刻から空に出たのであった。もういよいよ満月に近い明かるい月だった。
 空は雲もなかった。いやなモロー彗星の光の尾が、水平線から斜にぼうっと明かるく空を染めているが、これさえなければ、今宵は静かな美しい月の出よと、人々は楽しんだにちがいない。とにかく、その月が上ったのである。
 気にしていた連中は窓に寄ったり、屋根に上ったり、または望遠鏡を持出して、その月の面を眺めたのであった。
「なあんだ。別に、あのお月さまは少しもちがっていないじゃないか」
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