しかし、その放送を聞いている者は、ほとんどなかった。どこの天文台でも台員は放送するばかりで、他人の放送を聞こうともしなかったし、また人手が足りないため聞いているひまもなかった。かえって、天文学者でもない素人の方が熱心に聞いていたのであった。その素人も、さっき言ったように、そのほとんど全部が気の毒なおかしくなった人であったわけだが……。
「矢ヶ島天文台発表」
ぼそぼそした声で放送している者があった。
「矢ヶ島天文台? 聞いたことのない天文台だなあ」
この放送を聞いていた病人が、にやり、気味の悪い笑いをうかべた。
「わが天文台は、一昨日から月に関する天文放送を始めていますから、今日以後の放送を、よく御注意下さい」
「なんじゃ、この放送者は、どうも頭がおかしいぞ。気がへんになったのじゃないかな」
と、放送を聞いている病人が言った。モロー彗星のことで、世界は、ひっくりかえるような騒ぎをやっているのに、ひとり矢ヶ島天文台からは、月に関する観測を放送すると言うのであるから……。
だが、月の南中の早い遅いは、果してばかばかしいことであろうか。
矢ヶ島天文台では、それについて、こんなことを放
前へ
次へ
全636ページ中448ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング