が、思い合わされる。――つまり、天狗岩の上に立っていた塔みたいなものが急に傾き、そうして、湖の中に落ちるところを見たと言った。そういう千二少年の話から考えてみて、火星のボートは、湖の中に沈んでいたのである。それが、飛出したというわけだろう。
 そのあとで、千二は怪物と取組みあったまま水中に落ちた。そうして気がついてみたら、妙な部屋の中にいた。その妙な部屋というのは、火星のボートの中であった。
 そこで千二は、丸木という怪人から、ボロンという薬品を買いにいくので、一しょにいってくれと頼まれた。そうして丸木は、遂に殺人事件をひきおこしてまで、ボロンを手に入れたのである。
 その丸木は、ボロンの壜を、大事そうに抱えて、走り出したという。彼はそれからどこへいったのであろう。
 もちろん怪人丸木はすぐさま、この湖へひきかえしたのにちがいない。ボロンの壜は火星のボートの中に持ちこまれたことであろう。それからしばらくして、火星のボートは湖の底から、空へ向けて飛出したものと思われる。
 新田先生のすぐれた頭脳の力は、遂にここまで、怪事件を解いた。しかし先生も、ボロンがなぜ火星のボートに入用であるか、それについては知らなかった。


   10[#「10」は縦中横] 異常現象《いじょうげんしょう》


 新田先生は、東京へ引返した。
 そのわけは、千二の父親が、真夜中に天狗岩のそばで見た火柱というのが、どうやら「火星のボート」と言われた怪ロケットの出発するところだったらしいので、さっそくこれは東京へ帰って、別な方面から調べたがいいと思ったからである。
 両国駅のホームで電車から下りた新田先生が、階段を下りて外に出ようとした時、
「やあ新田さん、どうしました」
 と、声をかけられた。
 その声のする方をふり向いて見ると、そこには背広服の紳士が立っていて、やあと帽子を取った。
「やあ――」
 と、新田先生は挨拶を返したが、その紳士の顔は、どこかで見たおぼえがありながら、どうも思い出せなかった。
「はて、あなたは、どなたでしたかしらん」
「おや、もうお忘れですか。私は、捜査課長の大江山ですよ」
「ああ、そうだ。大江山課長でしたね。いや、これは失礼しました」
 と、先生は、その失礼をわびたが、その後で首をかたむけ、
「しかし、どうもおかしいですね。僕がお目にかかった大江山さんは、もっとお年をめしていた方のようでしたが……おつむりなども、きれいさっぱりと禿げておられましてね」
 それを聞いて、大江山課長は、苦笑した。そうして課長は、新田先生の耳のそばへ口をよせると、低い声で、
「いや、はげ頭は、あれは、私が変装していたんですよ。初めて人に会う時は、相手がどんな人かわからないから、あのように変装してお目にかかることにしているのですよ。私は、あんな禿げ頭の年寄ではありません。どうか、よく見直してください。はははは」
 両国駅頭で、大江山課長と禿頭問答をやった新田先生は、急になんだか和やかな気持になった。
「大江山さん。僕はいま千二少年の父親をみまって、東京へ帰って来たところですが、あの千蔵さんは大怪我をしていますよ」
「そうだそうですね。それを聞いたので、私たちもこれから、あっちに出かけるところだが、あなたに先手をうたれたわけですね。それで、何かへんな噂を聞かなかったですか」
「ああ聞きました。火柱の一件でしょう」
 そこで新田先生は、千蔵のうわごとについて話をした。そうして自分の考えを、みんな課長の前にのべたのであった。
「ふん、そうですか。よく聞かせてくだすった。たいへんわれわれの参考になります」
と、大江山課長は一向こだわる様子もなく、新田先生の話を喜び、
「だが、そうなると、これまでわれわれが、蟻田《ありた》博士の予言をばかにしていたことが、後悔されて来ますよ。私は、博士が変になったんだろうとばかり思っていたが、これは、改めて考え直す必要がある」
「蟻田博士は変ではないはずです。僕も、むかし教わったことがあって、よく知っています」
「ほう、あなたは、蟻田さんの門下だったんですか。これはふしぎな縁だ。そういうことなら、あなたに一つ、お願いしたいことがあるんだが……」
 課長は、ちょっと言いにくそうに、あたりを見廻した後、
「新田さん、怒っちゃあいけませんよ。実は私たちは、蟻田博士が変だと思ったので、極秘のうちに、博士を病院に入れてあるのです」
「えっ、博士を、……」
「何しろあのとおり、火星兵団さわぎをまきおこした本人のことですから、帝都の治安取締上、そういう非常手段をとらないわけに、いかなかったのです」
「ああ、僕は新聞で読んで、蟻田博士が御自分で家出をして、行方不明になってしまったことと思っていましたが……」
 と、新田先生は、ため息をついた。
 
前へ 次へ
全159ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング