けた。湖には、たいへんおいしい鰻《うなぎ》がいる。千二は、その鰻をとるために出かけたのだった。
出かけるときに、柱時計は、もう十二時をまわっていた。
外は、まっくらだった。星一つ見えない闇夜だった。
だが、風は全くない。鰻をとるのには、もってこいの天候だった。
千二は、小さい懐中電灯で、道をてらしながら、湖の方へあるいていった。
「なんという暗い晩だろう。鼻をつままれてもわからない闇夜というのは、今夜のことだ」
でも、湖に近づくと、どういうわけか、水面がぼんやりと白く光ってみえた。
「こんな暗い晩には、きっとうんと獲物があるぞ。『うわーっ、千二、こりゃえらく捕ってきたな』と、お父さんが、えびすさまのように、にこにこして桶の中をのぞきこむだろう。今夜はひとつ、うんとがんばってみよう」
千二は、幼いときに母親に死にわかれ、今は親一人子一人の間柄だった。だから、父親千蔵は、天にも地にもかけがえのないただひとりの親だった。千歳は、千二のためには父親であるとともに、母親の役目までつとめて、彼をこれまでに育てあげたのだ。なんというたいへんな苦労であったろうか。しかも父親千蔵は、そんなことを、すこしも誇るようなことがなかった。千二は少年ながら、そういういい父親を、できるだけ幸福にしてあげたいと思って、日頃からいろいろ考えているのだった。できるなら、ひとつ大発明家になって、父親をりっぱな邸に住まわせたい……
そんなことを考えながら歩いていた千二は、とつぜん、
「おや!」
といって、立止った。それはなにかわからないが、きいんというような、妙な物音を耳にしたのである。
きいん。
妙な物音だった。あまり大きな音ではなかったけれど、何だか耳の奥に、錐で穴をあけられるような不愉快な音だった。
「うーん、いやな音だ。一体何の音かしらん」
暗さは暗し、何の音だか、さっぱりわからない。その音のしている見当は、どうやら頭の上らしいが、またそうでもないような気もする。
その怪音は、やがて更にきいんと、高い音になっていったかと思うと、そのうちに、すうっと聞えなくなってしまった。
「あれっ、音がしなくなったぞ」
音はしなくなったが、千二は、前よりも何だか胸がわるくなった。腐った物を食べたあとの胸のわるさに、どこか似ていた。千二は、さっき家を出る時に食べた、夜食のかまぼこが悪かったのではないかと思ったほどである。
しかし、これは決して食あたりのせいではなかった。いずれ後になってはっきりわかるが、千二が胸が悪くなったのも、もっともであり、そうしてそれは食あたりではなく、原因は外にあったのである。
千二は、ついにたまらなくなって、道のうえに膝をついた。
とたん、さあっと音がして、雨が降出した。この時冷たい雨が千二の頬にかからなければ、彼はその場に長くなって、倒れてしまったかも知れない。だが、幸運にも、この冷たい雨が、千二をはっと我にかえらせた。
「うん、これはしっかりしなければだめだ」
雨のおかげで地面が白く見え、彼のすぐ近くに、大きな鉄管《てっかん》が転がっているのが眼についた。彼は雨にぬれないようにと思って、元気を出してその中へはいこんだ。
その時であった。ずしんと、はげしい地響《じひび》きがしたのは!
ずしん!
たいへんな地響きだった。
千二のはいこんでいた大きな鉄管が、まるでゴム毬《まり》のように飛びあがったような気がしたくらいの、はげしい地響きだった。
はじめは、地震だとばかり思っていた。
が、つづいて何度もずしんずしんと地響きがつづくので、地震ではないことがわかった。
千二は、そのころ、もう立上る元気もなくて、鉄管の中で死んだようになって横たわっていた。
その時、彼は、何だか話声を聞いたように思った。どこでしゃべっているのか知らないが、さまで遠くではない。
話声のようでもあり、また数匹の獣《けもの》が低くうなりあっているようでもあった。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷくぷく、ぷくぷく。
そんな風にも、千二の耳に聞えた。そんな風に聞えるのは、彼の気分が悪いせいだとばかり思っていた。
そのうちに、その話声は急に声高になった。
「何を言っているのだろうか。あれは誰だろうか」
この時千二の頭は、かなりぼんやりしていたが、あまりに気味のわるい叫び声であるから、鉄管の中でじっとしているわけにもいかず、鉄管から首をだして、声のする方を眺めたのであった。
その時の彼の驚きといったら、言葉にも文字にも綴《つづ》れない。
千二のいるところから、ものの二十メートルとは離れていないところに、大きな岩があった。それは湖の中へつきだしている、俗に天狗岩という岩にちがいない。その岩の上に、とても大きな爆弾のようなものが、斜に突
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