とを何と言って話をすれば一等心配をかけないですむかしらんと、いろいろと考えてみた。
 だが、それは、なかなかむずかしいことであった。親一人子一人の仲で、父親は千二のことを目に入れても痛くないほど、かわいがっているのである。その千二が、警視庁の留置場にいることを知ったら、父親はどんなに悲しむか知れない。
 新田先生の足は、だんだん重くなった。
 ふと気がついて見ると、このさびしい田舎道を、湖の方に向かって、大勢の人々が行きつかえりつしているのであった。
「はて、ばかににぎやかだなあ。お祭でもあるのかしらん」
 そう思いながら歩いていると、行きかう二人の話が、ふと先生の耳にはいった。
「どうも、えらいこったね。まだ千二のことを知らんのか」
「知るもんか。千蔵はあのとおりの体だ。そこへ倅の千二のことを聞かせちゃ、かわいそうだよ。悪くすりゃあ、それを聞いたとたんに、ううんといっちまうかもしれないよ」
「そうかもしれないね。あの怪我で、血をたくさん失って、からだがひどく弱っとるちゅうことだ。言わないのがええじゃろう」
 新田先生は、胸をつかれたように、はっと思った。
 行く人々の話によると、千二の父親は大怪我をしたらしい。一体、どうして大怪我などをしたものであろうか。
 怪我をしたればこそ千蔵は、千二のことも知らないし、東京へ駈けつけもしないでいるのだ。
 千二は、しきりに父親のことを心配していたが、やはり、それはとりこし苦労ではなく、ほんとのことだった。
「もしもし、千蔵さんがどうかしたのですか」
 新田先生は、一人の青年団服の男に声をかけた。その男は、けげんな顔をして、新田先生の顔をながめていたが、
「大怪我をしたんですよ。今うちで、うんうんうなっていますよ」
「ああ、そうですか。どうしてまた、そんな大怪我をしたんですか」
 青年団服の男は、目をぱちくりして、
「へえ、あなたは何も知らないんですね。第一、なぜこのような人出がしているんだか、知らないのでしょう」
「ええ、何にも知りません。しかし、私は千蔵さんのところへ用があって、これから、いく者なのです」
「ははあ、なるほど。では、親類の方ですね」と、かの青年は、ひとり合点をして、「それなら話してあげましよう。千蔵さんは、ゆうべ火柱《ひばしら》にひっかけられて、大怪我をしたのですよ」
「えっ、火柱ですか? 火柱というと……」
「火柱というと、火の柱です」
 と、青年団服の男は、わかったような、わからないようなことをいった。
「ああ、火柱がどこに立ったのですか」
「天狗岩という岩が、湖の上に出ているのです。すぐその側から、びっくりするような大きな火柱が立って、そばにいた千蔵さんがやられてしまったんですよ」
 新田先生は、道行く人の話を聞いてびっくりした。千二の父親が、ゆうべ火柱でやられたというのだ。
「はてな、天狗岩というと、聞いたような名だぞ」
 先生は、千蔵の家へ急ぎながら、道々考えた。
 天狗岩とは?
(そうだ。千二くんに聞いたのだ)
 やっと先生は、天狗岩のことを思い出した。千二が、その天狗岩の上に、ふしぎな光をはなつ塔のようなものが立っているのを、見たと言っていたが、その天狗岩だ。
 また、千二は、天狗岩の上へのぼっていって、そこで怪しい生物と、組打をやったと言っていた。その生物と、組合ったまま、岩の上からころがり落ちて、湖にはまった。だが気がついて見ると、例の丸木という怪人がそばにいて、これは火星のボートだと言った。
 そういうわけだから天狗岩というのは、この度の事件と、切っても切れないふかい関係のある岩である。
(この岩は、後になって、火星岩と名をかえた。それほど、後になるほど有名になった岩だった)
 その天狗岩で千二の父親が大怪我をしたとは、よくよくつきない縁のある岩である。
 だが、一体千蔵は、どうして怪我をしたのであろうかと、いろいろ考えながら歩いているうちに、ついに千蔵の家の前まで来た。
 たいへんな人だかりであった。村人が、たくさん集っている。みな、心配そうな顔であった。
 新田先生は、人波をわけて、中にはいった。すると、ぷうんと、消毒薬のきついにおいがした。奥には、白いうわっぱりを着たお医者さんが、看護婦相手に病人の手当をしているのが見えた。
「どうもいけない。困ったもんだ」
 と、千蔵を見ているお医者さまが言った。
 新田先生は、玄関に立って、それを聞いていた。
「困りましたわねえ」
 と、そばについている看護婦が言った。
「なんとか気のつく方法は、ないものですかなあ」
 と言ったのは、勝手の方から、氷ぶくろをかえて来た中年の男だった。近所の人らしい。
 新田先生は、そこでしずかに礼をして、はいっていった。先生が名乗をあげると、お医者さんをはじめ次の部屋へつ
前へ 次へ
全159ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング