っていたこと、それから、妙な鳴き声の、不思議な動物がはいまわっていたこと、千二がそれと取組みあいをやって、天狗岩の上から水面へ落ちたこと、気がつくと、へんなにおいのする部屋にいて、そこへあの丸木と名のる怪人が出て来たこと、その丸木が、「火星の生物が隣にいる」と言い、また「これは火星のボートだ」というような意味のことを言ったこと、丸木に捕えられ、はるばる東京の銀座までボロンという薬品を買うため、丸木は千二を案内人として連れて来たこと、それから例の大事件となったことなど、怪奇きわまるこの数日の間の出来事を、千二はくわしく新田先生に話をしたのであった。
 それを聞いていた新田先生は、はじめのうちは、笑いながら聞いていたが、そのうちに、だんだんまじめな顔になり、おしまいごろには、膝を千二の方へ乗出して、ほうほうと驚きの声をあげて、聞入った。
「ほう、そうか。千二君。これは笑いごとではない、大変な事件かも知れないよ」
 新田先生は、息をつめて、千二の顔を見つめた。
「先生は、わかって下すったんですね。僕、うれしいです」
 と、千二は、永い間の自分ひとりの驚きが、初めてほかの人にもわかってもらえたことを嬉しく思った。
「ところで、その丸木とかいう怪人物だが――」
 と、新田先生は、頭を左右に振って、
「丸木こそ、実に不思議な人間だ。さっき千二君は、火星のスパイかも知れないと言ったが、とにかく彼をつかまえさえすれば、何もかもわかるだろうと思う。よし、大江山課長さんにも、そう言って、よく頼んでおこう」
 千二少年は、又、その時心配そうに、
「ねえ、先生。僕は、もう一つ心配していることがあるのです」
「心配していることって、なに?」
「外でもありません。お父さんのことなんです。お父さんは、僕がいなくなったので、心配していると思うのです」
「あっ、そうか。お父さんは、さぞ心配しておられるだろう。君のお父さんは、まだここへ来ないのかね」
「ええ、何の話もないんですから、まだ来ないのでしょう。きっと僕がいなくなって、お魚を取るのに、大変いそがしくなったためでしょう」
「しかし、それは、どうも変だね」
 と、新田先生は、首をかしげた。
 なぜといって、千二君が警視庁へあげられたことは、新聞にも出たことだから、お父さんは知らないはずはないのだ。それを知ればお父さんは、千二君がどうしているかと思って、すぐここへ駈けつけて来るであろう。ところが、まだお父さんが来ないというのは不思議という外ない。
(これは、よほどの大事件だ。ゆだんをしていると、たいへんなことになるぞ!)
 と新田先生は、腹の中で、おどろいたのだった。
 だが、千二の前で、心配そうな顔を見せることはいけないと考え、心配の方は、自分の腹の中にだけしまい、
「千二君、何も心配しないがいいよ。そこで、先生は決心したよ」
「決心? 先生は何を決心されたのですか」
「それはね、千二君のため、先生は、この奇怪な事件を解こうと決心したんだ。君の味方になって、働くんだ。警視庁でも、もちろんしっかりやって下さるだろうが、それだけでは、十分とはいくまい。先生は当分、大学の聴講をやめて、君のため、怪人丸木氏にまつわる謎や、そのほかいろいろとふしぎなことを、出来るだけ早く解いてみようと思うんだ」
「先生、すみません」
 千二は、言葉すくなに、先生にお礼を言った。が、彼の大きなうれしさは、両眼からぽたぽたと落ちる涙が、それをはっきり語っていた。
「なあに、お礼なんか言わなくてもいいよ。僕は、自分の教えた生徒が、苦しんでいるのをじっと見ていることは出来ない。生徒がいくら大きくなっても、またえらくなっても、やはり先生は先生だ。生徒のためになるように働くのが、やはり、先生のつとめなんだ」
「先生、ありがとうございます。父にもよろしく言って下さい」
「よしよし、心配するな。君も、そのうちここから外へ出してもらえるだろうが、それまでは、じめじめした気持をすてて、元気でいなければだめだよ。では、失敬」
「先生、もうおかえりになるんですか」
「うん。僕は、これから例の事件について、活動を始めるつもりだ。たとい半日でも、一時間でも、君を早く自由の体にしてやりたいからね」


   9 ああ天狗岩《てんぐいわ》


 千二少年のため、新田先生は、ついに立ちあがったのだ。
 先生は、大学の勉強をしばらくやめることにして、教え子のうえにふりかかった怪事件をとこうと決心した。まことにうれしい新田先生の気持だった。
 先生は、警視庁を出ると、すぐその足で東京駅にかけつけ、省線電車で千葉へ急行した。先生は、まず千二の父親に会うつもりであった。
 駅を降りてのち、先生は畠と畠との間の道を、例の湖の方へ、てくてくと急いだ。その道すがら、先生は千二のこ
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