部屋の様子がすっかり見えるという、一種の魔法の鏡であった。
また机の下には、マイクロホンが隠してあった。ひとり言を言ったり、悪者同士が話をすると、その話はすぐ警官の前においてある高声機から、大きな声になって出るという仕掛であった。
さすがに、警視庁だけあって、最新の仕掛がしてあり、悪人を調べるのには、すきがない。外に応接室がなかったので、新田先生はここへ案内されたわけであった。
新田先生が待っていると、そこへ一人の痩せぎすの、背のひょろ高い背広の紳士がはいって来た。顔は若々しいのに、頭はすっかり禿げている。ちょっと見ると、老人だか若いのか、わからない。
「やあ、どうも待たせましたね」
「はあ、あなたは一体どなたで……」
「私が大江山警視です」
「はあ、あなたが大江山さんですか。これはとんだ失礼をいたしました」
警視庁のいかめしいお役人といえば、さぞかし金ピカの服に、サーベルをがちゃがちゃさせていると思っていたのに、これはまた、たいへんくだけた姿、くだけた物腰だった。新田先生は、正直にそのことを言ってお詫びすると、課長は笑って、
「いや、皆さんがそう思っとるので、困りものですよ。警視庁の役人は、善良な市民諸君のため、悪い者をおさえるのが役目なんです。悪い者に対しては容赦しませんから、こわい顔をしますが、善良な市民諸君に対しては、親類のように思って接しています。実際の役柄から言って、そうなんですからね。子供たちには、それがよくわかると見え、おまわりさんと言って慕《した》ってくれます。大人《おとな》の人には、まだよくわかってもらえないようで、残念ですがね」
と言い、光のある自分の頭をつるりとなでた。
「大江山さん、私の元の教え子の千二少年のことでうかがったのですが、千二少年は殺人共犯者となっていますが、彼はそんなことをするような生徒ではありません。どうか、放してやっていただきたいものです」
新田先生は、そう言って、頭を下げた。
「さあ、そのことですよ、新田先生」
と、課長は、にわかに別人のように、きつい顔になって、
「私も、千二君が、そのような悪人でないことは、大体認めている。しかし、どうも今困ったことがある!」
8 先生と教え子
新田先生が大江山課長から聞いたところによると、怪人丸木の行方は、さらに、わからないそうである。
「これは困ったことです。我々は捜査陣を広げて、銀座怪盗(と課長はそう呼んだ)を探しているのですが、どうもわからない。彼をとらえないうちは、気の毒ながら千二少年を、ゆるすわけにはいかんのです」
新田先生も、それを聞いて、なるほどと思った。そこで、仕方なく、千二をぜひ、今自由の体にしてくれと、頼むことは、一時見合わせることにして、その代り、千二に一目あわせてくれるように頼んだ。
大江山課長は、まだ誰にも面会をゆるしていないが、特に新田先生には、それをゆるすことになった。
じめじめとしたうすぐらい留置場で、先生と教え子とは、手に手をとりあって泣いた。あまりの情なさとなつかしさに、どちらも言葉は出ず、涙の方がさきに立ったのである。
やがて、先生は、しわがれた声で千二の名を呼んだ。
「おい、千二君」
「先生!」
「誰がなんと言おうとも、この先生だけは、君が悪者でないことを信じているよ」
「先生、ありがとうございます。僕は、うれしいです」
千二と新田先生とは、また強く手をにぎりあった。
「先生、聞いてください。あの丸木という怪しい人が、僕を、僕の村からこの東京まで、むりやりに連れて来たんです。そうして、あのようなひどいことをやったんです。ですが先生、僕は、あの丸木という人が、どうもただの人間でないと思うのです」
「ただの人間でないと言うと、どんな人間だと言うのかね」
「火星のスパイじゃないかと、思うのです」
「えっ、火星?」
新田先生は、いきなり火星が飛出して来たので、目をまるくした。
「火星? 火星のスパイとは、一体それは、どういうことかね」
新田先生は、目をまるくして、千二の顔をじろじろと見た。
「先生、これは、僕がいくら警視庁の人に話をしても、誰も信じてくれないことなのですが、二、三日前の夜、僕の村へ、火星の生物が、やって来たらしいんですよ」
「なに、火星の生物がやって来た。ふん、そうかね。それで……」
新田先生も、この話には、ちょっと困ったようであった。いくらなんでも、火星の生物が、この地球にやって来るなんて、そんな突拍子《とっぴょうし》もないことは考えられないからである。
しかし千二は、熱心に、そのことを語り出した。
あの湖水《こすい》へ、夜おそく、うなぎを取りにいったこと、妙な音が聞えたこと、光り物がしたこと、うす桃色に光る塔のようなものが、天狗岩の上に斜に突立
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