かいいのが見つからないのだ。わしは、日本アルプスの雪を掘りつづけて、やっとこれだけ取って来たのだ。ほら、この通り」
 博士は、小さい紙づつみを解いて、中から小さいガラスびんを取出した。びんの中には褐色の草の根のようなものが押しこんであった。そこで火星人は、また喜びの声をあげた。
 博士は鞄の中から小さなすり鉢を取出し、その中へ草の根を入れて、ごしごしとすった。すると褐色のねばねばした汁が、鉢の底にたまって来た。
 博士はその汁を筆の先につけ、苦しそうにあえいでいる病気の火星人の、手だか足だかわからないが、そのつけ根のところへ、ぬってやるのであった。
 火星人は、きいきいと声を立てた。
「どうじゃ、気持がよくなったろう。当分まあこれで、しんぼうしているんだ。もうあと、しばらくすれば、火星へつれて帰ってあげるから、元気を出しなさい」
 博士の言葉を、新田先生は、ふと聞きとがめた。博士はこの火星人をつれて、火星へ行くと言ったではないか。
「どうかね、薬をぬると、しみるかね」
 と、蟻田博士は、やさしく火星人にたずねた。地球の人間はきらいだが、火星人は好きであると見え、別人のように、やさしい声を出す博士であった。
「博士、だいぶんしみます。しかしわたしは、我慢していなければならないでしょう。そうでないと、いつまでも、もとの体になれませんからねえ」
 と、病気の火星人も、たいへん博士を信じて、たよっているらしいことが、その言葉つきからも、うかがわれた。
 そばでこの有様を見ていた新田先生は、全く不思議な気がした。
「博士、その薬は、よほどきく薬らしいですね。一体どういう病気にきく薬なのですか」
 と先生がたずねると、博士は、
「どういう病気といって、こういう病気にきくのだ。ほら、見ていたまえ。この通り火星人のくさりかかった体が、どんどんきれいに、なおっていく」
「なるほど、不思議ですなあ。そんなによくきく薬なら、わたしにも分けていただきたいですね。実は、わたしの……」
「だめだよ、新田君」
 と、博士が言った。
「この薬はね、君のような動物には、さっぱりきかないんだ」
「動物?」
 君のような動物と、博士に言われて、新田先生はむっとした。いくら弟子であると言っても、動物と呼ぶのはひどい。先生は、ここで蟻田博士の無礼をやっつけてやろうかとまで思いつめたが、しかし、今は重大な時である。ここで博士をおこらせてしまっては、人類のため大損である。先生は、一生けんめいにこらえたのだった。
 だが実は、博士は、悪気があって、先生を動物と呼んだのではなかったのだ。
 蟻田博士から、「動物」と呼ばれたことを、新田先生はいつまでも忘れることが出来なかった。が、それは博士から、「お前は動物だぞ!」と言われた時に腹が立ったという、それだけのことではなかった。それからずっと後になって、博士の言葉を、もう一度たいへんなおどろきと共に、思い出さなければならない大事件の日がやって来たからである。それはどんな大事件か、やがてわかる。
 博士は、病める火星人のために薬を塗終えた。
 火星人はたいへんに喜んだ。そうして全身をふるわせつつ、自分の体を博士の体にすりよせた。
「蟻田博士、ありがとう、ありがとう」
 よほど、うれしいらしい。
 博士は、にこにこ笑って、その病める火星人に、ゆっくり体を休ませるように言った。そうして、火星人が、そこに寝ると、その火星人の体の上に、きれをかけて暗くし、それから、どういうわけかその火星人の足を、水をいっぱい張った大きな洗面器のようなものの中に、つけさせたのであった。
 それを見ていた新田先生は、また不思議に思った。
「火星人の足を、水につけたりして、一体どうしたわけですか。おまじないなんですか」
 と、新田先生は尋ねた。
 すると博士は、首を左右に振って、
「いや、これはおまじないではない。こうすることによって、火星人はさらにいきいきとして来るのだ」
 と、博士は妙なことを言った。まるで、植物の根に水をあたえて、いきいきとさせるようなことを言った。
「え? 博士の言われることが、よくわかりませんが」
「わからないと言うのか。ふん、君にはそこまでわかるまい」


   43[#「43」は縦中横] 寄生藻《きせいも》


 蟻田博士の手当がうまくいったのか、病気の火星人は、その後すやすやと眠り出した。
 もう一人の仲間の火星人も、気づかれがしたものか、そのそばで大きな瞼を重そうにぱちぱちしていたが、これもまた、うつらうつらと眠りについてしまった。
 急にあたりは、しんとしてしまった。地底には、博士と新田先生とが、じっと向きあっていた。師と門下生とが、ひさかたぶりに水いらずで向きあっているのであった。博士の心はどうか知らないが、新田先生の胸中に
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