で来た!」と蟻田博士は言った。その言葉は、課長の耳に、たいへん無気味にひびいた。
「もし、蟻田博士、お待ちください。もう一つ重大なことと言うのは、一体何ですか」
と、博士のうしろに、おいすがった。
蟻田博士は、課長の手を払って、小ばかにしたような目で、じろりとふりかえったが、そのまま出ていく。
「博士、聞かせてください」
「ふん、聞きたいと言われるか。聞いても、やっぱり信じられまいと思うが――」
と博士はあきらめ顔で、
「こういう謎がおわかりかな。近く地球の上では、『暦がいらなくなる日が来るであろう』どうじゃ、おわかりかな」
(近く地球の上では、暦がいらなくなる日が来るであろう)
蟻田博士は、みずから、これが謎の言葉だと言って、大江山課長にぶっつけた。
課長は、もちろん面くらった。
(ふむ、「近く地球の上では、暦がいらなくなる日が来るであろう」ううむ、はてな!)
蟻田博士は、課長が困った顔をしているのを見ると、それ見たかと言わぬばかりに、にやりと笑って、部屋を出ていった。
課長は、もうその後を追おうとはしなかった。
「はてな、どういう意味かしらん」
課長は、ひとりごとを言うと、腕を組んで考えこんだ。
「ねえ、課長さん。あの博士は、変なんですよ。変な人の言うことを、本気になって考えていると、こっちもまた変になってしまいますよ」
佐々《さっさ》という、年の若い、顔の赤い元気な刑事が、課長の後へ来て、なだめるように言った。
「うむ、博士は変かもしれないとは思っていたが、それにしても、今の言葉は、変に気になる言葉じゃないか」
「なあに、気にするからいけないのですよ。あんなことを、なにも考えることはありませんよ。僕だって、変なことなら、なんでも言えますよ」
「ほう、言えるかね」
「言えますとも。たとえば、猫がピストルを握って、人を殺したぜ。いや、今日、僕の前をラジオが通りかかったので、右手で掴まえたよ。どうです、こんなことなら、いくらでも言えますよ」
佐々刑事は、口から出まかせを言う。
だが、課長は笑いもせずに言った。
「いや、博士の言った謎は、そんなふざけたものとはちがうようだ。もっと、ほんとうのことがはいっている。これは、明日までに、よく考えて見ることにしよう」
蟻田老博士が、かえりぎわに、なげつけていった謎の言葉を、大江山課長は、その夜も大いに考えた。しかしどうも、一向にとけなかった。
明くれば、その翌朝、課長は、警視庁へ出勤する道すがらも、バスの中で、いろいろ考えつづけたが、やはりとけなかった。
(近く地球のうえでは、暦がいらなくなる――とは、はてな)
出勤してみると、大江山課長は、或る別の事件で、急に目がまわるようないそがしさとなった。それがため、あれほど気になっていた老博士の謎だったが、いそがしさにまぎれて、忘れるともなく、忘れてしまった。
それは、一週間ほど、のちのことだった。
ふと、大江山課長は、蟻田博士がぶつけていったあの謎の言葉のことを、思いだした。
(はて、あれは、どこまで考えたのだったかなあ)
大江山課長は、それを思いだすのに、たいへん骨が折れた。それとともに、課長は、ふしぎな気持におそわれた。それは外でもない。あれほど、ぎゃんぎゃんやかましいことをいった蟻田博士が、その後うんともすんともいってこないことだった。
課長は、その日も時間がたつにしたがって、博士のことが気がかりになった。そこで彼は、部下の刑事をよびだした。
「おい、佐々《さっさ》。君、これからすぐ出かけて、蟻田博士がなにをしているか、様子をみてきてくれ」
「ははあ、いよいよまた始りますね」
「なにが、始るって」
「いや、変な人相手の、新こんにゃく問答が始るんでしょう。こんどは、こっちも負けずに、でたらめな文句を用意していって、変な博士をあべこべに、おどかしてやるかな。うわっはっはっ」
佐々刑事は帽子をつかんで、課長の部屋をとびだした。が、しばらくすると、彼は顔色をかえて、戻ってきた。
「課長、いけませんや」
顔色をかえて戻ってきた佐々刑事は、大江山課長の机のうえに、はいあがるような恰好をして、ものものしいこえを出した。
「どうしたのか、佐々」
課長も、胸になにかしら、するどいものを突込まれたような感じがした。
「課長! 蟻田博士が、姿を消してしまったんです」
「姿を消した? すると家出したのか、それとも殺されたのか、どっちだ」
大江山課長も、息をはずませて、問いかえした。
全く、厄介《やっかい》なことになったものである。「火星兵団」をいいだした博士が、奇怪な謎をのこしたまま姿を消すなんて、めいわくな話である。
「わしの外《ほか》に、この謎をとく力をもった人間は、居ないであろう」
などと、大きなことをい
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