一段とうなりごえも高く、妙な紐で千二の首をしめつける。いよいよ千二の息は、止りそうだ。死んではならない。その時千二は、
「えい!」
と叫んで、どうと横に転がった。
千二は、怪物もろとも、どうと横にころがった。にぶい音がした。怪物が、横腹をうったのである。
天狗岩のうえを、千二と怪物とは、取組んだまま、上になり下になり、ごろごろと転がる。
「なにくそ。負けてたまるものか」
と、千二はどなっているが、実のところ、どうやら怪物の方が力がつよいようだ。千二は、すこぶる危い!
「ま、負けてたまるか!」
そのとき怪物は、千二のうえにのしあがって、があんがあんと、かたい身体《からだ》を千二にぶっつけるのであった。その痛いことといったら、まるで自動車につきあたられるような気持であった。怪物は、千二をおしつぶすつもりらしい。
このとき、千二の気持は、かえってだんだんおちついてきた。どうせ死ぬのなら、という覚悟がついたせいかもしれない。日本の少年は、死の一歩前まで勇ましくたたかうのだぞと、日頃教わってきた先生のお言葉を思い出したためでもある。
「水の中へ、怪物をひっぱりこむんだ!」
父親の幻は、一生けんめいに、応援してくれる。そこで千二は相手の怪物のすきをうかがって、
「えい、やっ!」
と、満身の力をこめて、はねかえした。そのきき目はあった。
怪物の身体が、くるっと一転した。そしてひゅうひゅうと、苦しそうに呻った。そのとき両者の体は、一しょにごろごろと転がっていく。だんだんはずみがついてくる。そのうちに、体が急に軽くなった。
(あっ、落ちるのだな)
両者の体は、つぶてのように落下していく。
どぶうん。はげしい水音がきこえた。水柱が、夜目にも高くのぼった。
それっきり千二は、気が遠くなってしまった。
3 第二の謎
話は、すこしかわるが、「火星兵団」のことを、ラジオで放送して、世間の注意をうながした蟻田老博士のことである。
蟻田博士が、警視庁の大江山捜査課長から大いに叱られたことは、前に言った。それは「火星兵団」につき、博士があまりにもでたらめすぎることを言出したので、警視庁では、世の中をまどわすものとして、叱ったのである。
しかし当の博士は、それがたいへん不服であった。
その翌日、博士は、大江山課長をたずねて、警視庁へのこのこはいって来た。
「やあ、大江山さん。わしはどうも貴官から言いつけられた命令を、はいはいと言って聞いておられないように思いますのじゃ」
博士は、課長の顔を見ると、いきなり大きな声で、こう言った。
「困りますねえ、蟻田博士」
と、大江山課長は、椅子からたちあがって、博士の肩をおさえ、
「私がお伝えした命令が聞かれないとあれば、やむを得ず、博士の自由をおしばりすることになるかもしれませんぞ」
「ははあ、わしを留置場へおしこめると言うのでしょう。うむ、やりたければ、どうぞおやりなさい。しかしそのために『火星兵団』を用心することが、おろそかになるわけじゃから、大損ですぞ。天下はひろいが、今『火星兵団』の秘密を解く力のあるものは、はばかりながら、わしの外には誰もないのじゃからのう」
蟻田博士は、白髪頭をふりたてて、盛に言いまくるのだった。
「じゃ、博士は、火星が兵団をつくって、今夜にも我々の住む地球へ、攻めて来るとでも言われるのですか」
「今夜にも、火星の生物が地球へ攻めて来るかどうか、それはまだはっきり言えないが、『火星兵団』と言うからには、火星の生物は、どこかと戦いを交えるつもりにちがいない。すると、地球を攻める場合もあるわけじゃ」
「ねえ博士」
と、大江山課長は、何とか博士をなだめすかしたいものだと思い、ますます下から出て、
「博士のお考えは、ごもっともです。ですが、火星に生物がすんでいるか、すんでいないかもわかっていないのに、いきなり市民にむかって、火星の生物が、今夜にも攻めて来るぞとおどすのは、どうでしょうかね。つまり、よけいな心配をかけるわけで、あまり感心しないと思うんですがね」
「なに、おどす? わしが、ありもしないことで、市民をおどすとでも言われるのかな」
と、蟻田博士は大不服らしく、白髪頭をぶるぶるとふるわせ、
「とんでもない間違じゃ。これほどわしが本気で心配しているのが、貴官にはまだおわかりにならぬかのう。ああそんなことでは、前途が案じられる。が、わしの言うことが信じられないとあれば、もう何を言ってもむだじゃ。わしは、もう一つ重大なことを、聞かせるつもりで来たが、もう何も言うまい。だが、後で貴官は、きっと思い知られる時があるじゃろう。はい、さようなら」
博士は、そう言って、無念そうな顔つきで、課長の部屋を出ていこうとする。
「もう一つ、重大なことを聞かせるつもり
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