は、その問題のため、全く熱中していたのである。千二少年が無実の罪におちているのを早く助け出したいと思っていた先生であるが、博士からモロー彗星のことを聞くと、更にこの方の事件がたいへん急に迫った問題だと考えたので、何とかして、人類を惨禍から救う道がないかと、その糸口をみつけることに熱中していたわけであった。
何しろ、天文のことについては、蟻田博士が、世界中で一番よく知っている。博士のそばにいる間に、せめて問題解決の糸口でも見つけておかないと、後がたいへんである。気まぐれな蟻田博士は、いつまた気がかわって、どこかへ姿をかくしてしまうかもしれないのだ。今のうちだと思って、新田先生は、しきりに勉強をしているわけだった。
実は、こうして、望遠鏡ばかりのぞいていることについては、先生に一つの考えが、あってのことだった。
新田先生の考えというのは、外でもない。それは、天空に飛去ったはずの火星のボートの姿を、この望遠鏡の中にとらえることなのである。
火星のボートの話は、うそではないと先生は信じていた。あの千二少年が、うそをつくような少年ではないし、また千二少年が、枯尾花を幽霊と見ちがえるような、そんな臆病者でもないと信じていたのである。
火星のボートは、一たん天狗岩の上に下りたが、それから間もなく姿を消してしまった。一体どうしたのであろうか。その火星のボートは?
新田先生の思うには、火星のボートは、千二の父親の見ている目の前で、天狗岩から天空はるかに飛去ったのにちがいない。火柱が見えたというのは、火星のボートというのは、じつはロケットであって、ロケットのお尻から強くふきだすガスが、火柱に見えたのであろうと考えていた。
しかしこの方は、なにぶんにもおかしくなった千蔵の言うことだから、あてにはならない。
それで、とにかく例の天狗岩に姿をあらわし、そうしてまた天狗岩から飛去ったものが火星のボートであるとしたら、それは地球をあとに、火星へどんどん帰っていったにちがいない。
ところで、火星と地球とのへだたりは、たいへん遠い。火星のボートが、火星へかえりつくのには、どんなに早く天空を飛んでいったにしろ、一週間や二週間はかかるであろう。そういうわけなら蟻田博士の自慢の大望遠鏡で宇宙をさがしていると、きっとその火星のボートといわれるものが、見つかるにちがいない。見つかれば、そこではじめて、火星のボートであったことが、ほんとうだとわかるし、さらにすすんで、火星のボートの秘密もいろいろとわかるにちがいない。
「何を観測しているのかね」
と、蟻田博士は、望遠鏡のそばへ寄って来た。
「ああ、博士。ちょっと待って下さい」
新田先生は、そう言って、博士をとどめた。ちょうどその時、新田先生は、望遠鏡の中に、赤い点のようなものが、ぶるぶるふるえながら、動いていくのを見つけていたのであった。
(これが、例の火星のボートではないかしらん)
新田先生は、胸をわくわくおどらせながら、しきりに接眼レンズを前後に動かした。
すると、例の赤い点のようなものが、だんだんはっきりして来て、やがて砲弾をうしろから見るような形をしていることや、その尾部からガスらしいものを、しゅうしゅうとふき出していることまでが、はっきり見えて来たのであった。
「あっ、見つけた」
新田先生は、思わず声をあげた。たしかに火星のボートといわれる一種のロケットであった。しきりに上下左右にゆれてはいるが、火星のボートは、いつも同じ尾部を見せていた。スピードをあげ、どんどん前進していくところらしい。その行手は、やはり火星なのであろうか。
「何を見つけたのかね。ちょいと、望遠鏡をわしに貸しなさい」
蟻田博士は、新田先生の体をおしのけるようにして、望遠鏡に目をあてた。そうして、しばらくピントを直していたが、そのうちに、大きな声をあげた。
「おや、これはめずらしいものにお目にかかるぞ」
新田先生は、博士のうしろから、
「博士、そこに見えている、動く物体は、一体何でしょうか」
と、せきこんで質問の矢を放った。
「これかい。これは宇宙艦さ」
博士は、それを宇宙艦と呼んだ。
怪人丸木は、それを火星のボートと言ったのである。
新田先生は、口の中で、
(なに、宇宙艦! 宇宙艦とは?)
と、くりかえした。宇宙を走るから、宇宙艦というのであろうか。
博士は、望遠鏡に食いついたようになって、しきりにその宇宙艦のあとを目でおいかけている。
「おお、まちがいなく宇宙艦だ」
「博士、宇宙艦というのは何ですか」
「宇宙艦は何だと聞くのかね。宇宙艦は、わしの友人が、一度報告書に書いたことがあった。しかし、誰もその友人の報告書を信用しなかったし、その友人はまもなく急死してしまったのだよ。結局、その友人は、脳に異状
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