ないと、気が落ちつかないのであった。いってみてよかった。これまでに手がけた事件とちがって、全く妙ちきりんな事件である。警視総監も、さぞ驚かれることであろう。
 課長の乗った自動車は、お濠を右に見て、桜田門の向かいに立ついかめしい建物の玄関に着いた。この建物こそ、わが帝都を護る大きな力、警視庁であった。
 課長は、一旦《いったん》、自室へはいったが、すぐ席から立って、総監室へはいった。
 課長は、なかなか出て来なかった。彼が出て来たのは、それから約一時間もたった後のことだった。総監も、課長の報告によって事件の重大性に驚き、今後のため、いろいろと念入な打合わせが、行なわれたものらしい。
 課長が自席へ帰って来ると、それを見かけた佐々刑事が、課長のところへ飛んで来た。
「やあ、課長。ごくろうさまですなあ。で、その火星の火柱とか、火星の化物とかいう怪しいものの正体は、わかりましたか」
 課長は、それに返事をするかわりに、首を左右にふった。
「えっ、やっぱりわからないのですか。課長にもねえ」
 大江山課長は、溜息をついた。
 そうして佐々刑事に向かって、
「おい、皆にここへ集ってもらってくれ。千葉出張の獲物について報告をするから」
「ははあ、獲物についての報告ですか。獲物とは、そいつはすばらしい話だ」
 佐々は、大仰に驚いて、課内の幹部の机を一々走ってまわった。
 まもなく、課長の机の前後左右は、部下の主だった警官によって、ぐるっと取りかこまれた。
 課長は、そこで、いつになく深刻な顔つきで、一同をぐるっと見まわしたあとで、
「千葉へ出張して、掴んで来たことについて報告をする。結局獲物は、たった三つである」
 と言って、課長は、机の上を指先で、ことんと叩いた。
「その第一。火柱《ひばしら》の発見者で、そのために大怪我をした友永千蔵という男は、怪我をした場所がよくないらしいが、目下気が変な状態にある。どうにも、手のつけようがない。だが、怪我の方は、重傷ではあるが、致命傷ではないそうで、このまま死ぬ心配はない」
 課長はそこでちょっと口を切って、
「第二の収穫は、こういう拾い物だ」
 と言って、鞄の中に手を入れて、やがて机の上に放り出したものをみれば、木の葉蛙の背中のような、色のまっ青な、長さ一メートルあまりの鞭のようなものであった。
 課長を取りかこんでいた幹部警官たちは、俄《にわか》にざわめきたった。そうして首をのばし、目をみはって、その気味のわるい色をした鞭のようなものをみつめた。
「課長。これは一体、何ですか」
 部下の一人が、たまらなくなって、課長に質問を放った。
「さあ、お前たちは、これを何だと思うかね」
 大江山課長は、机の上にのせたその気味のわるい青い鞭のようなものを指して、周囲に集った警官たちの顔を、ずっと見まわした。
「はて、何でしょうかね」
「一種の紐だな」
「どこかについていた紐が、ちぎれたのじゃありませんかね」
「どうもわからない。とにかく、いやらしい青い色だ」
 課長について千葉へ出張していた部下たちも集って来て、皆の説をおもしろげに聞入る。千葉で拾って以来、一体これは何だろうかと、さかんに議論をやったらしい。
「ねえ、課長。それは、火星の化物の遺失物ですよ」
 とつぜん、大きな声でどなった者がある。それは、いつも元気のいい佐々《さっさ》刑事であった。遺失物というのは落し物とか、忘れ物とかいう意味であった。
「よう、佐々、お前はなかなか目がきくぞ。今日は、特製ライスカレーを食べたんだな」
 一座は、どっと笑った。
 佐々刑事と特製ライスカレーの関係は、庁内でたいへん有名であった。彼はずっと前、或る事件のため、一年近く遠く南の方に出張していた。わが南洋領の諸島を廻り、それから更に南下して、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベスという四つの大きな島をぐるぐる廻って来た。そのとき彼は、みやげにカレーの粉を石油缶に五杯も持って帰り、同僚にも分け、もちろん大江山課長にも呈上した。残りは、大事にしまってある。そうして、時々そのカレー粉を出してニウムの鍋にとき、自分でライスカレーを作って食べる。
 それが有名な佐々の特製ライスカレーだが、それについてまだ話がある。
 彼は、特製のライスカレーを、うまそうに食べる。七分づきの御飯は食堂からとりよせるのであるが、この上にぶっかける黄色なカレーの汁の中には、いろいろなものがはいる。鳥のこともあれば豚の時もあり、じゃがいものはいっていることもあれば、玉葱《たまねき》のはいっていることもある。
 なおその上に、彼はいろいろな香の物をきざんで、混ぜあわすのである。黄色く押しのかかった古漬の沢庵や、浅漬のかぶや、つかりすぎて酸っぱい胡瓜や、紅しょうがや、時には中国料理で使う唐がらし漬のキャベツ
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