って、すぐここへ駈けつけて来るであろう。ところが、まだお父さんが来ないというのは不思議という外ない。
(これは、よほどの大事件だ。ゆだんをしていると、たいへんなことになるぞ!)
と新田先生は、腹の中で、おどろいたのだった。
だが、千二の前で、心配そうな顔を見せることはいけないと考え、心配の方は、自分の腹の中にだけしまい、
「千二君、何も心配しないがいいよ。そこで、先生は決心したよ」
「決心? 先生は何を決心されたのですか」
「それはね、千二君のため、先生は、この奇怪な事件を解こうと決心したんだ。君の味方になって、働くんだ。警視庁でも、もちろんしっかりやって下さるだろうが、それだけでは、十分とはいくまい。先生は当分、大学の聴講をやめて、君のため、怪人丸木氏にまつわる謎や、そのほかいろいろとふしぎなことを、出来るだけ早く解いてみようと思うんだ」
「先生、すみません」
千二は、言葉すくなに、先生にお礼を言った。が、彼の大きなうれしさは、両眼からぽたぽたと落ちる涙が、それをはっきり語っていた。
「なあに、お礼なんか言わなくてもいいよ。僕は、自分の教えた生徒が、苦しんでいるのをじっと見ていることは出来ない。生徒がいくら大きくなっても、またえらくなっても、やはり先生は先生だ。生徒のためになるように働くのが、やはり、先生のつとめなんだ」
「先生、ありがとうございます。父にもよろしく言って下さい」
「よしよし、心配するな。君も、そのうちここから外へ出してもらえるだろうが、それまでは、じめじめした気持をすてて、元気でいなければだめだよ。では、失敬」
「先生、もうおかえりになるんですか」
「うん。僕は、これから例の事件について、活動を始めるつもりだ。たとい半日でも、一時間でも、君を早く自由の体にしてやりたいからね」
9 ああ天狗岩《てんぐいわ》
千二少年のため、新田先生は、ついに立ちあがったのだ。
先生は、大学の勉強をしばらくやめることにして、教え子のうえにふりかかった怪事件をとこうと決心した。まことにうれしい新田先生の気持だった。
先生は、警視庁を出ると、すぐその足で東京駅にかけつけ、省線電車で千葉へ急行した。先生は、まず千二の父親に会うつもりであった。
駅を降りてのち、先生は畠と畠との間の道を、例の湖の方へ、てくてくと急いだ。その道すがら、先生は千二のこ
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