からうんとつきあげた。ぐわんと、はげしい音がした。
「あいたっ」
 佐々刑事は思わず悲鳴をあげた。拳の骨が、くだけたと思ったのだった。相手の顎のかたいことといったら、まるで石のようだ。
 相手は、よろよろとよろめいた。その時佐々は、びっくりして、目をみはった。
「あっ、首が……」
 佐々は、自分の目をうたがった。相手の警官の肩の上から、首が、急に見えなくなってしまったのである。
 警官の首は、どこへいった?
 そんなばかな話があってたまるものではない――と、誰でも思うであろう。ところが、そのばかばかしいことが、ほんとうに起ったのである。佐々は、面くらった。そうして、背筋から冷水をざぶりとあびせかけられたような気がしたのであった。
「おれは、わけがわからなくなったぞ。おれは、相手の首を、たたき落してしまったんだ!」
 首を落された警官は、たおれもせず、そのまま、ちゃんと立っていた。白い繃帯が、ばらりととけて、ひらひらと肩にまつわる。首のないくせに、彼はなおもはげしく、佐々の方にむかって来る。彼の鉄拳が、ぶんぶん佐々の目をねらって飛んで来た。
「あれっ。おれはおかしくなったんじゃないかしらん。首のない人間と、たたかっているのだ!」
 佐々は、こんな気持の悪い思いをしたことは、生まれてはじめてだった。てっきり自分はおかしくなったのだと思った。おかしくなったから、首のない人間が、生きているように見えるのだ。
「ぶうーん」
「あっ、いた――」
 とつぜん、佐々の顎に、相手の鉄拳が、ごつんとはいった。彼は、顎が火のようにあつくなったまでしかおぼえていない。佐々は、はり板をたおすように、どすんと、うしろへたおれた。そうして気を失ってしまった。
 首のない怪人は、ここで、にやりと笑いたいところであったろう。しかし首がないので、笑うわけにはいかない。
 そこで彼は、ちょっとしゃがむと、両手をのばして、うしろに落ちていた首をひろい上げた。
 怪人が、首をぽろりと落した。
 佐々刑事も、そこまではちゃんと見ていたから、間違ない。
 ところが、そのあとで、怪人は腕をのばして、自分の首をひょいと拾い上げたのだった。その時には佐々刑事は、怪人から一撃をくってひっくりかえっていたから、何も知らない。もしも、そこまで見ていたとしたら、恐らく、佐々刑事は自分の目をうたがって、発狂してしまったかも知れ
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