た。
「必ず、この附近に、何かの手懸《てがか》りが残っているはずだ。それを探しあてないうちは、われわれは、いつまでも、ここから引上げない決心だ。さあ、しっかり探してくれ」
 課長は、聞くのもいたましい声で、そう叫んだのであった。
「よろしい、やりましょう」
 部下は、そう答えて、課長の前を散った。篝火《かがりび》が点ぜられ、現場附近は、更に明かるくなった。捜査のため、右往左往する人々の顔が、その篝火をうけて、鬼のように、赤く見えた。
 このとき佐々《さっさ》刑事は、懐中電灯を照らして、自動車の落ちた崖のすぐ下のところを、しきりに探していた。
「この辺に、足跡がついていなければならぬはずだが……」
 と、彼は、ていねいに、崖下を、しらべて歩いた。
「こうあたまを使うのだったら、ライスカレーを、うんとたべてくるんだったのに……」
 あたまのよくなるライスカレーのことを、佐々刑事は、思い出して、うらめしくなった。
 そのとき、佐々刑事の進んでいく方角から、反対にこっちへ歩いて来る一人の警官があった。彼は夢中になって、崖下を照らしている佐々刑事の姿を、様子ありげに、じろじろと見ていたが、やがてあたりを振りかえり、足早に佐々の側へ近づき、
「おい君。この辺で、子供を見かけなかったか」
 と、声をかけた。
「なに、子供?」
 佐々は、顔を上げたが、けげんな顔。
 とつぜん呼びかけられて佐々刑事はちょっと面くらった。
「子供って、何のことだね」
 と、佐々は問いかえしながら、相手の顔を見た。
 相手は、制服すがたの警官だった。帽子をまぶかにかぶって、その帽子の庇《ひさし》から、こっちをじっと見ている。しかし、佐々刑事は、そのような顔の警官に始めて会う。芝警察署あたりから応援に来た警官だと、佐々は思った。
「子供だ。この辺で、子供を見なかったかね。その子供は、死んでいたかも知れない。子供の足跡でもいい。君知っていたら、教えてくれたまえ」
 その警官は、つかえながら、そんなことを言った。
「さあ、僕は、何も見かけなかったよ」
 相手の様子が、何だか変である。よく見ると、その警官は、あごからのどへかけて、白い繃帯《ほうたい》をまいているのであった。
「君、どうしたんだ、その繃帯は?」
 と言って、佐々は、すこし失敬かなとは思ったが、懐中電灯を相手ののどに向けた。
 すると、相手はびっく
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