突破したんです」
「ほう、らんぼうだね。それじゃ、自殺するようなものだ」
「そうです。僕は、もう死ぬことを覚悟しました。すると、そのとき丸木は、片手で運転台の扉をさっとあけました。そうして、僕の体を、力一ぱい、車の外へどんと突きとばしたんです」
「なるほど、なるほど」
「僕は、思わず目を閉じました。頭をぶっつけては即死だと思ったので、両腕で、自分の頭を抱えるようにしたことまで覚えています。それから後のことは、なんにも知りません。丸木がどうしたのか、自動車がどうなったのか」
「それで……」
「気がついてみると、僕の頬ぺたが、ちくちく痛いのです。それから、だんだんと正気にもどってみますと、僕は、さつき[#「さつき」に傍点]という木がありますね。あのさつき[#「さつき」に傍点]の繁みの中にころがっていたんです」
「ふん、さつき[#「さつき」に傍点]というと、この屋敷にも、たくさんあるが……」
「そうなんです。そのさつき[#「さつき」に傍点]は、この屋敷のものだったんです。僕の落っこったところは、屋敷の外まわりに芝の植っている堤がありますね。あの堤を越して、下にごろごろと落ちて、気を失っていたんです」
 聞けば聞くほど、あぶない命のせとぎわであった。よくぞ千二少年は、一命が助かったものであった。
 堤下の、さつき[#「さつき」に傍点]の繁みの中に、気を失っていたので、あとをおいかけていた警官は、そばまで来ながら、千二がいることには、気がつかなかったものらしい。
 いや、警官たちは、それよりも、崖下に落ちていった自動車のことばかりに、気をうばわれていたのかも知れない。自動車は、怪人丸木をのせたまま、崖から下へ落ちていった。そうして、めちゃめちゃにこわれてしまい、やがて車体は火に包まれてしまったのだ。誰も彼も、この方に注意をうばわれたのは、もっともだった。
「ふうん、全く、驚いた話だ」
 と、新田先生は、大きな息をついて、千二少年の命びろいを喜び、
「その運転手は、怪人丸木にちがいないかね」
「丸木ですよ。僕は、丸木の顔をよく知っていますから、見ちがえるようなことはありません」
「ふうむ、やっぱり、ほんとの怪人丸木か。あいつは、もう、こっちにはいないだろうと思っていたのに」
「先生、丸木は、僕をさらって、何をするつもりだったんでしょうか」
「さあ、それも、私の思いちがいだった。
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