士がやっていることが、手にとるように、わかってしまうのだった。
その部屋の中には何があるのかは、まだわからないが、これほど大切な鍵ならば、それをいつもポケットに入れておけばいいと思うのに、博士は用のない時は、鍵を持っているのがきらいらしく、いつも大引出の中へしまうことにしていた。
「ああ、あった。これだ、鍵は!」
新田先生は、大引出の中の書類の下にかくしてある鍵を、ついに見つけ出したのであった。
「さあ、今のうちだ」
新田先生は、蟻田博士の机から、鍵を取出すと、いそいで廊下へ飛出した。その奥には、博士が秘密にしている部屋がある。
恩師の秘密にしている部屋を、その許《ゆるし》もなくて、ぬすんだ鍵であけてはいるなんて、けっしていいことではなかった。しかし、ぜひともそれをしなければ、気のすまない新田先生であった。
先生には、一つの信念があったのである。それは、秘密室へしのびこむのは、悪いことではないと信じていたのだ。なぜならば自分だけがとくをするために、むやみに他人の秘密室にはいるのは、どろぼうみたいなものである。しかし新田先生は、自分だけのとくを考えているのではない。そうすることによって、地球の全人類を、だんだん迫って来た大危難から救う道を発見したいのであった。どろぼうみたいなまねをするにはちがいないが、その気持は実に正しく、そうして尊いものであった。
「さあ、この鍵で、この部屋があくはずだ。どうかあいてくれますように」
先生は、心の中で祈りながら、秘密室の鍵穴に鍵を入れてまわした。
すると、がちゃりと錠のはずれる音がした。
「しめた!」
先生は、喜びの声もろとも扉をおして、中へ飛込んだ。さて、どんなにおどろくべきものが、室内に積みかさねられてあるのであろうか。新田先生の胸は、どきどきと大きく動悸を打った。
さて、先生の目には、どんなものがうつったか。
「あれっ」
先生は、そこに棒立ちになったまま、目玉をぐるぐるっとまわした。思いもかけないこの部屋の有様であった。
新田先生は、博士の秘密室の中で、一体何を見たのであろうか。
意外にも意外! その部屋は、空っぽも同様であった。
そのだだっぴろい部屋には、湿気のために、妙な斑点のついた床があるばかりで、その床の上には、何もないのであった。まるで、雨天体操場みたいなものであった。
「なんだ、何もないで
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