は、手に汗をにぎって、怪物体を見つめていた。
 すると、かの怪物体は、にわかにその光る姿を消してしまった。
「おや、どうしたのか」
 と、千二がいぶかる折しも、どぼうんという大きな水音が聞えた。大地がみしみしと、鳴ったくらい大きな水音だった。
「ああ、とうとう湖水の中におっこってしまった!」
 千二は、驚きとも喜びともつかない声をあげた。
 それっきり、かの怪物体は見えなくなった。天狗岩も、また元の闇の中に消えてしまった。
「ふうん、今のは夢じゃなかったかな」
 千二は、自分の顔をつねってみた。痛かった。たしかに痛かった。では、夢ではない。
 千二は、鉄管をはい出した。もう大丈夫だろうと思ったから。
 果して、もう大丈夫であった。さっきのように、気分が悪くなりはしなかった。するとあの毒気のようなものは、やっぱりあの怪物体からふきだしていたものにちがいない。
「湖水の中におっこって、どうしたかな」
 千二は、そろそろ天狗岩の方へ、にじりよって行く。
 うす桃色に光っていた怪物体が、天狗岩の上から姿を消すと、つづいて起る大きな水音! 千二少年が、暗闇の中を這って天狗岩に近づいたのは、その怪物体が、どうなったかをたしかめるためであった。多分この怪物体は、湖水の中に落込んだものと思われた。
 千二は、もう天狗岩の上に来ていた。
 彼は、そこで懐中電灯をともした。
「さっきは、このへんに怪物体が立っていたんだが……」
 そう思って、岩の上を見ると、果して岩の上は大変に壊れていた。岩層《がんそう》がすっかり出てしまって、あたりにはその破片が散らばっていた。
 千二は、びっくりしたが、自ら気をひきたてて、天狗岩の先の方まで這って行った。
 その岩の鼻のところは、別に何ともなっていなかった。苔もむしていたし、風化をうけて岩肌はすすけたようになっていた。
「さあ、この下の淵《ふち》に何が見えるか。気が遠くならないように、お臍《へそ》のところに力をいれなくては……」
 と、千二少年は、はやる気をおさえ、二、三回おなかをふくらませたりまた引込ませたりした上で、天狗岩の鼻先に腹ばいになった。そうして下を向いて淵をのぞきこんだが、何だか、ぶつぶつと泡の立つような音がするだけで、何にも見えない。そこで彼は、また懐中電灯をつけて、はるかの水面に光をあてて見た。
「やっぱり、なにも見えやしないや」
前へ 次へ
全318ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング