》――はて、おかしいぞ。大川端から、投身自殺をはかった年若い婦人があるのを、交番へ知らせるとともに、自分も飛込み、巡査と協力して助けた。いや、これは少年のお手柄だ。千葉県から、杉の苗木を積んで、東京へ売りに来たその帰り道での出来事だった」
「なるほど、それから……」
「それから――人命救助の表彰の候補者として、この少年宮本一太郎を――あっ、やっぱりいけません」
「何だ。早く名前を読めばいいのに」
これもだめであった。
その日、少年に関係のある事件三つが、いずれも千二少年には関係のないことがわかって、大江山課長は、がっかりしてしまった。
佐々刑事は、きまり悪そうな顔をして、同僚のうしろへ、こそこそと姿を消しながら、
「ちぇっ、きょうは、あたまが悪いや。しようがない、すこし遅いが、これからライスカレーを作り直すことにするか」
佐々刑事は、ライスカレーをうんと食べて、頭をよくしようと考えた。
その時交通[#「交通」は底本では「交番」]|掛《がかり》の主任が、課長の前へ進み出た。さっきから何が気になるのか、もじもじしている主任であった。
「ええ、課長。これは、あまりたいしたものではありませんが、御参考までにお耳に入れておきます。申し上げない方がいいのですが、後で万一関係があったということになりますと、申訳がありませんので……」
と、いやに気の弱い言いかたをして、大江山課長の顔をじっと見た。
「なに、参考になることなら、どんどん報告したまえ。引込んでいることは、ないじゃないか」
課長は、少しいらいらした気持で、この遠慮ぶかい主任をうながした。
「は、それではお話いたしますが、実は、お昼ごろのことでしたが、スピード違反の自動車がありましたので、これを白バイで追跡いたしました。すると、運転台に、妙な顔をした運転手と、そのそばに一人の少年が坐っているのを見ました」
「なあんだ。少年の助手は、このごろ、いくらでもいるよ」
「ところが、少し変なことになったのです」
「あまり、もったいぶらないで、どんどん先を話したらいいだろう」
「は、つまり、自動車は、脱兎の如く逃走いたしました」
「逃げたとは、変だな。白バイは、何をしていたのか」
「いえ、自動車が、猛烈なスピードをあげて逃げてしまったのです」
「逃しては、話にならないね」
「ところが、追いついたのであります」
「どうも君
前へ
次へ
全318ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング