中横] 恐《おそろ》しい日


 窓の外に、そのような椿事《ちんじ》がひきおこされているとはつゆ知らず、天文研究所では、蟻田博士と新田先生とが、しきりにむずかしい勉強をやっていた。
「おい、新田」
 と、博士が、めずらしくやさしい声で、新田先生を呼んだ。
「はい、ただ今」
 新田先生は、そう言って、自分の席を立上ると、博士の机の前へいった。
 博士の大きな机の上は、本とノートとで一ぱいだ。まるで、本の好きなどろぼうがはいって散らかしたように、机の上には、ページをひらいた本の上に、また他の本がひらいて置かれ、そのまた上に、ノートがひらいてあるという風で、ほんとうの机よりも十センチぐらいは高くなっている。だから博士は廻転椅子をぐるぐるまわして、だんだん椅子を高くして、坐っている。
 新田先生が、机の上をのぞこうとしたというので、博士は、またどなりちらした。困った博士である。
 新田先生は、二、三歩後へ下って、ていねいにおじぎをした。
「どうも、失礼いたしました」
「お前は、どうもけしからんぞ。わしのやっていることを盗もうとして、いつもどろぼう猫のように目を光らせておる」
「どうもすみません」
 新田先生は、博士が病気のため気が立っていると思うから、なるべくさからわないようにしている。
 それを見て、博士は、また少しきげんを直し、
「せっかく、わしがお前をえらくしてやろうと思っているのに、お前は……」と言いかけて、後は口をもごもごと動かし、「あのなあ、お前が知りたいと言っていた、地球とモロー彗星とが衝突する日のことじゃが……」
 新田先生は、思わず、全身に電気をかけられたように思った。蟻田博士が、どうやら、ついに地球とモロー彗星との衝突する日のことについて、話そうとしているらしい。
「はあ、はあ」
「なにが、はあはあじゃ。もう、教えてやろうかと思ったが、やっぱり教えないでおくか」
 博士は、どこまでも意地悪で、つむじまがりであった。こういう人につきそっている新田先生の気苦労と来たら、たいへんなものである。教え子の千二少年をたすけ、そうして博士だけが知っているところの、今地球に迫りつつある、恐しい運命について知るために、新田先生は辛抱して、この天文研究所におきふししているのだった。
「教わりたくないのか。だまっていては、わからんじゃないか。おい、新田」
「は、はい」
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