て、どうもなりゃせん。どっちみち、死ぬばかりだ」
 丸木は、この時、なぜ自動車の扉をあけて上半身を乗出したのか。警官たちには、丸木が逃げおくれたものとしか思われなかった。
 空中をもがく自動車は、頭の方を下にすると、そのまま落ちていった。丸木は、まだ助るつもりか上半身を乗出して、死にものぐるいであたりを見まわしている。
「うっ、かわいそうに、見ちゃおられないなあ」
「とても、助る見込はない」
 警官たちも、ひどく同情した。
 崖から、まっさかさまに落ちていくその自動車には、千二少年も乗っているはずであった。丸木が死ぬのは、自らまねいた罰で、仕方がないとして、かわいそうなのは千二少年であった。
 警官たちは、崖のところにしがみついて、自動車がこれからどうなるかと、はらはらしながら見まもっている。
 この崖は、高さが七、八十メートルもあった。ちょうどま下は原っぱで、その向こうには、川が流れていた。川といっても、大きいどぶ川ぐらいのもので、川幅もせまく、深さもいくらでもなかった。丸木のしがみついている自動車は、どうやらこの川のうえに落ちそうに見えた。
 やがて、どうんと大きな音が聞えた。
 それは、丸木の自動車が、川のすぐそばの堤のうえに落ちて、ガソリンタンクがこわれると同時に火を発したためであった。川の中に落ちるかと思ったのに、それよりもずっと手前に落ちたのである。
「あっ、焼けるぞ、自動車が。おい皆、すぐ、あそこへいって、火を消すんだ」
 崖のところに腹ばって下を見ていた警官たちは、号令一下、すぐさま起上って、またオートバイにうち乗った。今度は下り坂で、車がすべろうとするのを、一生けんめいにブレーキをかけながら、隊伍堂々と下へ下りていった。
 あの恐しい墜落ぶり、そうしてあのはげしい火勢では、乗っていた者は、だれ一人として助るまいと思われた。
 自動車は、赤い焔と黒い煙とにつつまれて、はげしく燃えつづける。そのガソリンの煙が、大入道のようなかっこうで、だんだん背が高くのびていった。このさわぎに、駆けつけた近所の人たちも、その煙の行方をあおぎながら、
「ああ、あんなに高くなった。蟻田博士の天文台の屋根よりも、もっと高くなった」
 と言って指をさした。なるほど、その崖の上に、あの奇妙な形をした、蟻田博士の天文研究所のまるい屋根が霞んでいた。


   14[#「14」は縦
前へ 次へ
全318ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング