……」
「ほんとだ。で、僕たちはどうして空中へ放りあげられたんだろう」
山木は早口で、河合にきく。
「さあ、分らないね、それは……」
「家ごと空へ放りあげられるというのは変じゃないか。飛行機は空を飛ぶけれど、家が空を飛ぶ話をきいたことがない」
「噴火じゃないかしら」
ネッドが、ぶるぶる唇をふるわせながらいった。
「噴火。噴火して、どうしたというんだい」
「この塔の下に火山脈があってね、それが急に噴火したんだよ。だから塔が空へ放りあげられたんだ」
「そうかもしれないね。とにかくたいへんだ。そのとおりだとすれば、やがて僕たちは、えらい勢いで地上めがけて落ちていくよ。そして大地へ叩きつけられて紙のようにうすっぺらになるぜ。いやだなあ」
と、のっぽの山木がさわぎだした。
「僕もいやだよ」とネッドも叫んだ。
「人間が紙のようにうすっぺらになっちゃ、玉蜀黍《とうもろこし》や林檎《りんご》や胡桃《くるみ》なんかのように、平面でなくて立体のものは、たべられなくなっちゃうよ」
「それどころか、僕たちは地上へ叩きつけられたとたんに、きゅーっさ。死んでしまうんだぞ」
「死ぬんか。ほんとだ。死ぬんだな。ちぇっ、張の占いなんか、さっぱりあたらないじゃないか。さっき君は僕たち四人が勲章を胸にぶらさげて牛に乗ってブロードウェイを行進するのだの、紙の花輪やテープが降ってくるんだのいったけれど、これから墜落して死んじまえば、そんないいことにあえやしないや」
「だから、僕の占いはあたらないといっておいたじゃないか」
「あーあ、困ったなあ」
さっきから河合ひとりは黙りこんで、しきりに下界の様子と、どこからともなく聞こえてくる機械的な音に耳をすませていたが、このときとつぜん大きな声をあげた。
「そうだ。それにちがいない」
他の三少年はおどろいた。
「おい河合君。どうしたのさ」
「分ったよ。僕たちは今、ロケットに乗っているのさ。ロケットに乗って空中旅行をしているんだよ」
「ロケットに乗って? でも、変だねえ。僕たちはロケットに乗りかえたおぼえはないよ。これは本館だからねえ」
「うん、これは本館さ、あの傾斜した巨塔さ。今空中を飛んでいるんだよ」
「そ、そんなばかなことが……」
「いや、それにちがいない。あの巨塔は、実はロケットだったのさ、半分は地中にかくれていたが、それが今こうして空中を飛んでいるのさ。だから地階の窓から外が見えるようになったわけだ」
河合は大胆な解釈をつけた。
「へえっ、僕たちの住んでいた建物がロケットだって。それは気がつかなかったよ」
皆はあきれ顔であった。
意外な離陸
河合の大胆な解釈は、大体において的中していた。それは、あれから一時間ほど後、四少年は廊下でビル・マートン青年にめぐりあい、意外な真相をきくことができた。そのマートン青年――いやマートン技師が、油だらけになった身体を二階廊下のベンチの上に横たえているそばを、四少年は通りかかったのである。少年たちに声をかけられ、マートンは大儀そうに上半身を起した。彼はたいへん疲れ切っていた。
「どうしたんですか、マートンさん」
と、少年たちは彼をとりまいていった。
「ああ、君たちも逃げおくれた組だな」
マートンは気の毒そうにいった。
「えっ、逃げおくれたとは……」
「おや、知らないのかね、君たちは……。この宇宙艇《うちゅうてい》はね、まだ出発するはずではなかったんだ。機関室で、或るまちがいの事件が起ったため、こうしてまちがって離陸したんだ」
「へえっ、機関室でまちがったのですか」
「うん。君たちは、さっき警報ベルの鳴ったのをきかなかったかね。“総員退去せよ”と、ベルがじゃんじゃん鳴ったよ。それをきくと、多くの者は外へとび出し、そして助かったんだ」
そういえば、たしかにベルがけたたましく鳴っていた。それにつづいてさわがしい人声や駆足の音を耳にしたが、あれが総員退去せよとの警報だったんだ。今になって気がついては、もうおそい。
「……で、マートンさんと僕たちだけ、逃げおくれたんですか」
と、河合少年はたずねた。
「いや、まだ十数名残っている。僕は逃げれば逃げられたんだが、せっかくこしらえた宇宙艇から去るにしのびなかったのでね。たとえこの宇宙艇がどこの空中で、ばらばらに空中分解してしまうにしてもさ」
「宇宙艇ですって」
「空中分解! ほんとうに空中分解しますか」
少年たちの矢つぎ早の質問に対し、マートン技師は次のように語った。
この巨塔は宇宙艇であった。宇宙艇とは大宇宙を飛ぶ舟という意味である。そしてこの宇宙艇は河合がいったようにロケットで飛ぶ仕掛になっていた。但し、普通のロケットとはちがい、時速十万キロメートルぐらいは楽に出せるすばらしい原子エネルギー・エンジンによるロケットだそうである。
しかもその塔は、ロケット塔であって、現に今こうして天空を飛びつつある。たいへんな場所へもぐりこんだものだ。これから僕たちはどうなるのかと、四少年の胸の中に不安な塊が出来る。
「君たちはずっと前から僕たちが火星探険協会の者だと感づいていたんだろう」
「いいえ。そんなことないです」
「そうかね。それにしては、皆なかなか落着いているじゃないか」とマートン技師は四人の少年の顔を見わたし「ほらこの前君たちがR瓦斯を吸って人事不省になったね。あの出来事によって、君たちは感づいたろうと思ったがね」
「ああ、R瓦斯。あの実験は、やっぱり火星探険に関係があるのですか」
「そうとも、大いに関係があるんだ。あのときいろいろな動物を、原っぱにつくった檻の中に収容しておいて、R瓦斯にさらしたのだ。その結果、ほとんどすべての動物が、あの瓦斯を吸って死んでしまったよ」
「僕たち人間でも昏倒《こんとう》するぐらいですものねえ」
「そうだ。しかしその中で、割合平気でいたものがある。それは鰐《わに》と蜥蜴《とかげ》と蛙《かえる》だ」
「爬蟲《はちゅう》類と両棲《りょうせい》類ですね」
「うん、もう一つ、牛が割合に耐えたよ。その次の実験には、マスクを牛に被せた。すると更によく耐えることが分った」
「R瓦斯というのは、どんな瓦斯ですか」
「R瓦斯は、火星の表面に澱《よど》んでいる瓦斯の一つで、これまで地球では知られなかった瓦斯だ」
「毒瓦斯なんですね」
「地球の生物にとってはかなり有毒だ。しかし火星の生物にとっては、R瓦斯は無害なんだ。いや彼等にとっては棲息するために必要な瓦斯なんだ、ちょうどわれわれが酸素を必要とするように……」
マートン技師が、そういって話をしているとき、別の部屋の扉が開いて、別の青年がとび出して来た。そしてマートンを見るなり、絶望的な声を出して叫んだ。
「遂に失敗だ。この宇宙艇は地球へ引返すことを断念しなければならなくなった」
地球へ引返すことを断念しなければならない! すると、これから一同はどうなるのか。天空を、あてもなく彷徨《さまよ》うのか、それとも火星か月世界かへ突進むことになるのか。それにしても宇宙旅行は、たいへんな年月を要する。乗組員の生命は、それを完成するまでもつであろうか。食糧は、燃料は?
さらば地球よ
「たいへんだ。もう地上へ引返せないんだとさ」
「困ったな。一体われわれはこの先どうなるんだ」
「どうなるって……さあ、どうなるかなあ」
天空飛ぶ巨塔にとりのこされた人たちは、窓から下界を見おろして、すっかり青くなっている。そういっているうちにも、家も森も川も、どんどん小さくなっていく。天空飛ぶ巨塔――いや巨大なる宇宙艇は、今やぐんぐん飛行速度をはやめて高度をあげつつある。
「いや、とにかく、このまんまじゃ、どんどん地球から遠去かっていくわけだから、やがてわれわれは宇宙の迷子《まいご》になってしまうだろうね」
「なに、宇宙の迷子? いやだねえ、それは宇宙にもおまわりさんがいて、迷子になりましたから道を教えて下さい、うちへ送って下さいといって頼めるならいいんだけれど……」
「そうはいかないよ。宇宙の迷子になって、そのはては食糧がなくなって餓死だよ」
「餓死? いやだねえ、いよいよいやだねえ。僕は日頃からくいしん坊だから、餓死となれば第一番に死んじまうよ。何とかならないものかなあ」
「なにしろエンジンが真赤になってひとりで働いていてねえ、どうにも手がつけられないんだそうだ」
「方向舵ぐらい曲げられるだろうが」
「いや、それもだめだ。舵を曲げようとしても、さっぱりいうことをきかないそうだ」
「うわあ、それじゃ絶望じゃないか」
いくらさわいでみても、宇宙艇が地上へ引返す様子はなかった。そればかりか、原子エンジンは、ますます調子づいて、艇の尾部からものすごいいきおいで瓦斯を噴射するので宇宙艇の速度はだんだんあがって行く。時速二千キロが、三千キロになり、四千キロになり、今や時速四千五百キロの目盛を越えようとしている。
地球へ帰りたい一心で、危険とは知りつつ落下傘で艇外へ脱出した者も三人あった。四人の少年は、大人ほど取乱してはいなかった。はじめはちょっとおどろいたが、まもなく少年たちは窓の外に見られるめずらしい下界の風景にうち興じて、恐さも不安も知らないように見えた。
「愉快だね。え、あの青いのは太平洋だね。カリフォルニアの海岸線が、あんなにうつくしく見えている」
山木は、誰よりも一番元気がいい。
「僕は、一度飛行機に乗ってみたいと思っていたが、空を飛ぶっていいもんだねえ」
ネッドは、窓枠に頬杖をついて、緑色がかった絨毯《じゅうたん》のような下界を飽かず眺めている。
張は無言。河合は鉛筆を握って、手帖に何かしきりに書きこんでいる。
「やっ、星が見えるぞ、あそこに……昼間だっていうのに星が見えらあ」
山木がおどろいて、指を高く上に伸ばした。すると今まで黙っていた河合が、手帖から目をはなして、「そうだとも。このあたりは成層圏《せいそうけん》だからねえ。僕の計算によると、もう高度は十五キロぐらいになっているはずだ」
「成層圏! いつの間に成層圏へはいったんだか、気がつかなかったよ」
「これからますます空は暗くなるから星が見える。だんだん星の数がふえる」
「ほう、神秘な国」
張が感嘆の声を放った。
「ああ下界があんなにぼんやり霞んで来ちゃったよ。ああ、地球が消えて行く」
ネッドが、泣き声になった。
しかし地球は消えはしなかった。ただ地球の陸や河や海の境界がだんだんぼんやりしてきて、地形が分らなくなった。そのかわり全体がぎらぎらと眩《まぶ》しく銀色に光を増した。今や自分たちが大宇宙の真只中に在ることが、誰にもはっきり感ぜられた。
エンジンなおらず
そのとき四少年の大好きな青年技師ビル・マートンが廊下をこっちへ急ぎ足で来るのを河合が見つけた。
「マートンさん、エンジンはうまくなおりましたか」
「だめなんだ、河合君」マートンは肩をすくめて見せた。
「エンジンは、まるで馬のようにスピード・アップしている。この調子でゆけば、第一倉庫にある原料が全部使いつくされるまで、エンジンを停めることはむずかしかろうね」
ひどいことだ。どこまでも飛びつづけるしかないのだ。しかも舵がきかなくて、思う方向へも向けられない。つっ走るとはこのことだ。
「すると、今われわれの宇宙艇は、どの方向へ飛んでいるんですか」と河合が尋ねた。
「真東へ飛んでいる。黄道の面と大体一致しているよ。かねてわれわれが計画しておいた方向へは走っているんだがね」
「われわれが準備しておいた方向というと」
「火星に会える方向のことさ。でも三週間ばかり早すぎたよ」と、マートン技師は事もなげにいった。
「ほう、そうですか。この宇宙艇はやっぱり、火星へ行くように準備してあったんですか」
山木も、いまさらながらおどろいた。
「そうだとも、デニー先生は、今年こそそれを決行する考えでおられた。もちろんこれは反対者も多かったがね。とにかく先生はお気の毒な方だ」
と、マートン技師は、しんみりとした調子でそ
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