ドがいった。
「それなら、水晶さまを誰かに売って、そのお金で缶詰を買ったらどうだろう」
「ば、ばか」
と張は怒って、ネッドを睨《にら》みつけたが、とたんに力が身体にはいって傷が痛みだした。彼は三人の笑いの中に、ひとり歯をくいしばった。
「しかし何とかして食糧を手に入れないと、この旅行はもう続けられないよ。つまりここから引返すか、何とか食糧を手に入れて旅行を続けるか、どっちかを決めるんだ」
重大な経済会議が開催された。
「旅行は続けなきゃいやだ。コロラド大峡谷を見なければ、あたいは引返さないよ」
ネッドは、好きなことをいう。
「じゃ食糧問題をどうする?」
「稼いで食糧を手に入れればいいじゃないか。野菜でも缶詰でも手に入ればいいんだろう……」
「ネッド、ちょっと待て。稼ぐ稼ぐというが僕たちがどうして稼げるだろうか。グルトンの村にいれば、知っている人もあるから、働かせてくれるだろうが、こんな旅先で、知らない人ばかりのところで、誰が働かせてくれるものか」
河合は悲観説をさらけ出していった。
「ううん、ちがうよ。やればやれるよ。つまりこういう土地には特別の稼ぎ方があるんだ、もし僕に委《まか》してくれるなら、明日からちゃんと稼いでみせるよ」
「へえ、おどろいたね。それはほんとうかい」
「ほんとうだとも」
「でも、稼ぐために毎日朝から晩まで稼がなければならないとすると、いつになったらコロラド大峡谷へ行き着けるか、わからないぞ」
と、山木が注意をした。
「大丈夫だ。時間は夕方から二三時間ぐらいあればいい。きっと儲《もう》かるよ」
ネッドは、だんだん自信にみちた顔になってくる。
「ネッド。一体何をするのか」
「まあ、それは明日までお預りだ。しかし少し舞台装置がいるね」
「えっ、なんだって、ブタイ何とかいったね」
「ああ、そうなんだ。この箱自動車の中にある布や道具などを利用してもいいだろう。僕は張と一しょに、いい儲けをとってみせるよ。だから夕方から二三時間、この箱自動車ごと僕に貸しておくれよ」
「大丈夫かなあ、またこの前のように崖から落ちるんじゃないか。そうなれば、僕たち四人は破産だよ。村へも帰れやしない」
「まあいい、あたいの腕前を見ておいでよ」
ネッドはひとりで悦《えつ》に入っていた。
のぞき穴
ネッドはどんな方法で、稼ぐのであろうかと、山木と河合とは話し合ったが、よく分らない。その翌日午前から午後へかけて、ネッドは張と共に走る箱車の中に入ったきりで外へは殆んど出ずに、何か夢中で仕事をしているらしかった。
やがて約束の午後四時となった。
ネッドは、箱の中から運転台のうしろの羽目板を叩いて、自動車を停めよと信号した。
車は停った。
ネッドは箱から出て来た。
「ちょっとした工事をするから、手伝ってくれよ」
どこへ工事をするのかと思っていたら、ネッドは車の側に箱を置き、その上にのぼると牛の画の腹の下にハンドボールで穴を円周状《えんしゅうじょう》にあけた。そのあとで金槌《かなづち》で真中を叩いたから、ぽっかりと窓があいた。
「何をするんだ、ネッド」
河合はおどろいて、尋ねた。
「さあ、こんどは僕の腰掛けを高いところにこしらえるんだ」
ネッドは山木と河合を手伝わせて、箱の後部の上に、猿の腰掛のようなものを横に取付けた。そしてその上へ掛けてみて、
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい」
と叫んだ。
「何だ、見世物か。ははあ、この穴から中をのぞくんだな」
山木はその穴に目を当ててのぞいたが、ぶるっとふるえて身体を後へ引いた。
「うわっ、たいへんだ。角の生えたへんな動物が、この中に入っている。いつ入ったんだろうか」
「へえ、角の生えた、へんな動物だって……」
河合がびっくりして、山木に替って穴から中をのぞいた。
「なあんだ、張が笑っているだけじゃないか」
「そんなことはないよ」
「さあさあ、この幕を張るから、みんな箱車の屋根へのぼって手伝え」
ネッドの声が、頭の上に聞えた。どこから出して来たか大きな文字の書いた幕を手にしている。よく見るとそれは自分たちの天幕だったが、文字はネッドが書いたものらしい。その幕を、ネッドのいうままに、箱自動車の上に横へのばして張ってみて呆れた。
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“神秘なる世界的占師、牛頭大仙人はここに来れり。未来につき知らんとする者は、ここに来りて牛頭大仙人に伺いをたてよ。即座に水晶の珠に照らして、明らかなる回答はあたえられるべし。料金は一切不要、但し後より何か食糧品一品を持ち来りて大仙人に献ずべし”
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[#ここで字下げ終わり]
たいへんな宣伝文だ、ネッドの作文にしてはうますぎる。ひょっとすると、ネッドが何処かで読んだ星占師《ほしうらないし》の広告文を覚えていて、それをすこしかえて出したのであろう。
「呆れたねえ、張を牛頭大仙人にして、占いをやるのか。それで張は、さっきあんなへんなものを被っていたんだな」
「何か食糧品を一品持って来いとは、はっきり書いたものだ」
「おいおい、何を感心しているのか、まだ仕事が残っているんだ。その下に穴をあけて、この曲ったメガフォンをとりつけるんだ、中をのぞきながら、このメガフォンで張――いや牛頭大仙人の声が聞けるようにするんだ」
ネッドは張切って命令を下した。山木も河合も、始めは呆れはしたが、なんだか面白くなったので、二人で力をあわせて画の牛の乳房のところに穴をあけ、そこに曲ったフォン(多分古いラジオ受信機のラッパであろう、こんなものをどこで探してきたんだろう)を取付けた。
「さあ、もういいから、これであそこに見える町の中を一周り練って廻り、そしてここへ戻ってくるのだ」
ネッドは、猿の腰掛の上から叫んだ。山木と河合とがその方を見上げると、ネッドはいつの間に服装をかえたのか、頭には赤いターバンをぐるぐる巻き、身体にはぞろりと長く引摺《ひきず》ったカーテンのような衣を着、いやに取済ました顔付をしていたが、山木たちがあまりいつまでも見つめているものだから、はずかしくなって、とうとうぷっとふき出した。
「さあ、ぼんやりしないで、一刻も早く神秘の箱車を走らせたり、走らせたり」
「おい、大丈夫か」
山木と河合とは、運転台にとびあがり、早速エンジンをかけて車を動かした。
おどろいたのは、そのエリス町の人々であった。天から降ったか地から湧《わ》いたか、異様な箱自動車ががたがた音をさせて入ってきて、牛頭大仙人の占いを、顔の真黒な子供とも老人とも区別がつかない従者が高い腰掛の上から宣伝したものであるから、みんな目を見はっておどろいた。これをネッドたちの方からいえば、宣伝効果百パーセントであった。
従って、この箱車が元の町はずれの野原へ戻って来たときは、後から町の閑人たちがぞろぞろと行列を作ってついてきたもんだ。
「ふん、しめた。これなら明日一ぱいの食糧ぐらいなら集まりそうだ」
猿の腰掛の上でネッドは胸算用をして、にっと笑った。
いよいよ占いが始まった。希望者は一列にならんで、自分の順序を待った。若い男女もあれば、老人もすくなくない。
箱の中では張が傷のいたみをこらえつつ、大車輪でもってすごい声を出しつづけた。
「牛頭大仙人さま。この間から見えなくなったわしの鍬《くわ》はどこにあるだかねえ」
「汝家に帰りて、裏門より入り、そこより三十歩以内をよく探して見よ」
「へへへ、どうも有難う」
若者にかわって、足の悪い老人がのぞく。
「伺《うかが》うだが、今年のわしのリューマチは左の脚に出るかね、それとも右の脚に出るだかね」
「今年の冬は、始めは左の脚に、後に雷が鳴って右の脚にかわる」
「へへへへ、これはおそれ入りました」
たいへんな繁昌ぶりである。笑声と歎声が入りまじってその賑《にぎや》かさったらない。張もネッドも大汗をかいている。山木も河合も共にのぼせあがって顔が金時のようにまっ赤だ。
そのとき向うから走って来たりっぱな自動車がぴたりと停って、中から現れた一人の老紳士があった。その服装と態度から見て、かなり学問のある人らしい。それもその筈、この人こそデニー博士といって「火星探険協会」の会長であった。そのデニー博士は、何思ったか、すたすたと群衆の方へ近づく。
博士の噂
デニー博士は、頬髭《ほほひげ》顎髭《あこひげ》の中から、疲れた色を見せていた。長身|猫背《ねこぜ》を丸くし、右手ににぎったステッキで歩行をたすけている。これが、かの有名な火星探険協会長のデニー博士の姿である。
「おや、火星会長のデニー博士だぜ、なぜこんなところへやって来たのかな」
牛頭大仙人の鎮座するけばけばしい装いの箱車をや少し離れたところから見物していた町の中年の男が、眉をあげていった。
その傍に山木と河合が立っていた。そしてこの言葉を聞きとがめた。
「なに、火星会長、火星会長とは、どういう意味ですか」
その男はジグスといって、エリスの町に住んでいる靴屋の大将だったが、こういう事柄について何でも知っているのが自慢だった。
「火星会長を知らないのかね、くわしくいえば、火星探険協会長さ、あのよぼよぼ爺さんがまだわし[#「わし」に傍点]のように若かった頃――そうさ、今から三十年前のことだが、その頃からあの博士は火星にとりつかれて、火星探険の熱ばかりあげているんだ」
わし[#「わし」に傍点]のように若いといったジグスは、そう若くもなく、頭のてっぺんで髪が禿げていた。
「へえ、そうですか、それでデニー博士は火星へ何度ぐらい行ってきたんですか」
と山木が、まじめな顔をして訊《き》いた。
「ばかをいっちゃいかん、いくら子供だって……」とジグスは呆れ顔になり「あのよぼよぼ博士はもちろんのこと、地球上のどんなえらい人間だって、火星へ旅行をしたことのある者なんて一人もあるもんかね。火星は月よりもっと遠いのだよ。その月世界へ行った者だって、唯一人居ないじゃないか」
「なるほど、そうでしたね」
山木は、頭をかいた。すると河合が代ってジグスに訊いた。
「で、今でも博士は火星探険協会長の仕事をしているのですか」
「それは、性《しょう》こりもなくやっているよ」とジグスは河合の顔をながめやって「今から三十年前に、隣村の森の中に塔を建てて、そこを研究所にして、しきりに大空をのぞいていたがね。塔の屋根が丸くて、そして中で機械をまわすと割れ目が出来、そこからでかい望遠鏡がにゅっと出るのさ。ところが、そこの研究所は今はからっぽさ」
「へえっ、どうしたんですか」
「引越したんだよ、引越先はなんでもアリゾナ州の方だという話だがな。とにかく引越して貰って幸いさ、この近所で火星の鬼とつきあいなんかされては村の迷惑だからね」
ジグスは、首をすくめて見せた。
「なぜ引越したんでしょう」
「それはお前、こういうわけだ。つまりアリゾナの方が、ここよりは土地が高いから、それだけ火星に近いという便利があるからよ」
「はははは」
「笑う奴があるか、本当のことだぜ。それに三十年も使った塔だから、もう古くなって、あの仙人の自動車みたいにがたがたになったのさ。それでアリゾナに新しい塔を建てたというわけだ」
「お金はあるのですね、そんなに塔を建てかえるようでは……」
「それはあるさ。火星探険なんて変った仕事だからなあ。そういう変った仕事には、ふしぎと金を出す人間がいるのさ」
「本当に博士は火星探険に出かけるつもりなんでしょうか」
「出かけるつもりはあるらしい。だが、あんなよぼよぼでは、火星まで行き着かないうちに死んでしまうだろう。なにしろ火星まで行き着くには十年か二十年はかかるからなあ」
「そうでしょうね。それで、一体何に乗って行くんですか」
「それが全然わからないのさ、だから、博士の火星探険はお芝居で、結局行かないうちに博士が死んで、協会は解散になるといっている者も居るが、わしはそうは思わないね。博士は何か深く
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