おが》んで占ったら、出発してから二日以内に災難にぶつかるだろうといったじゃないか」
「そういったが、あんなことはあたりやしないよ。二日以内になんて、そんなにはっきりした予言なんかできるものかい」
 河合は、張の占いをこきおろした。
「それからもう一つ、いやなことをいったじゃないか。なんといったっけなあ“今度の旅行は先へ行くほど苦労が加わり、村へ帰れるのは何日のことになるか分らない”そういったじゃないか」
「うん、そういって僕たちを不安にさせるつもりだったんだ。不安になれば、張とネッドを連れていくだろうと思ったんだよ。とにかく僕は、占いなんてものを信じないよ。ばかばかしい話だ」
 山木はそれほどでもないらしいが、河合は張の占いをてんで信用しなかった。銀貨を上へなげて、落ちてきたところで表が出るか、それとも裏が出るか、場合は二つだ。だからどっちかだと予言すれば、半分はあたるはずである。占いなんてそんなものだと河合は軽蔑《けいべつ》していた。
 二人はその夜始めて道傍の林の中にキャンプを張って夢を結ぶことになった。それは非常にうれしいことだったので、食事がすみ、寝床ができても、二人はなかなか睡れなかった。そこで焚火《たきび》をして玉蜀黍《とうもろこし》を焼いてたべたり、仲間から貰ったたくさんの餞別品をとりだして喜んだり笑ったりした。
 その餞別品の中から二つ三つ奇抜なものを紹介すると、トミーという少年は、おじいさんの老眼鏡のレンズを利用して手製した不恰好なカメラを贈ってくれた。そしてもしアリゾナに、鳥の羽根を頭にさしたインディアンがいたら、ぜひ一枚その写真を撮ってきてくれと注文してあった。皆注文がつけてあるのが多く、サリーは縫針《ぬいばり》を十本ほど呉《く》れて、もしこの縫針が余ったら、標本になる珍らしい蝶々をとってこれで背中をさしとおして持って帰ってちょうだいなと注文がしてあり、またジョン公は、扉のハンドルを呉れて、もし途中でギャングが出たら、これを背中に押しつけて「手をあげろ」といえば相手は降参するよ、そして降参したら、そのギャングの持っているピストルを貰ってきてくれと、ずいぶん勝手な注文が書いてあった。
 さてその翌日となり、二人はたのしい自動車旅行の第二日目を迎えた。天気はあいかわらず晴れ渡り、朝から暑かった。車に乗って走っていなかったら、風もなくてやりきれないことであろう。
 その日の午後四時ごろのこと、二人の乗った自動車が川に沿った田舎道を走らせていると、うしろから警笛をやかましく鳴らしながら次第にこっちへ追付いている自動車があった。
 あまりうるさく警笛《けいてき》を鳴らすものだから、山木は自分たちの自動車を道路の端の方へ寄せ、相手の車を先へ追越させることにした。そのとき後方が見られりゃよかったのであるが何しろ大きな箱車のことであり、凸面鏡もついてないし、運転台からは後が見えなかった。
 ところがそれから間もなく、かの相手の車は山木たちの箱車をえらい勢いで追いぬいた。見るとそれは小さい二人乗の競争自動車だった。が、へんに方々が裂けていたり凹《へこ》んでいたり、ペンキもはげちょろの有様で山木たちの車以上にひどいものだった。
「あ、あれに乗っているのはネッドだ、あっ、張もいらあ」
「え、ネッドに張か、ははあ、とうとう無理をして、後から追駆《おいか》けてきたんだよ、仕様がないやつだ」
 二人はおどろくやら、ちょっとうれしくなるやらであった。そして大きな声をあげて、後から張とネッドの名を呼んだ。
 張とネッドは、それが聞えないのか、脇目もふらず自動車にしがみついて、スピードを出していた。そしてやたらに後のエキゾーストから煙をはきだすのであった。
「あっ、危い。曲道《まがりみち》になっているのに、まっすぐ走らせているよ。ああっ、崖を超えた……」
 崖下からは、白い煙がもうもうとあがってきた。しかし張もネッドも崖の上へは這《は》いあがってこなかった。こっちの二人は、早く仲間を助けてやろうというのでがたがた自動車のエンジンのバルブを全開にして、その椿事《ちんじ》の現場へ急がせた。
 そのとき山木が、だしぬけに叫んだ。
「ああ、そうか。張の占いがちゃんとあたったんだ。僕たちが二日以内に出会うはずの苦労というのは、このことだぜ」
「とんでもない目にあうものだ」
 河合が舌うちした。


   厄介《やっかい》な怪我人《けがにん》


 山木と河合の二少年は、箱車を曲《まがり》道のところでとめると、いそいで運転台からとびおりた。そして息せききって、さっき競技用自動車の落ちていった崖下をのぞきこんだ。
「うわあ、たいへんだ。二人とも死んでいるぞ」
「あ、このままじゃあ、二人の死骸も焼けてしまうぞ、早く下りていって、火を消しとめよう」
「たいへんなことになったもんだ」
 崖下は川の一部分であったが、水のない河原で、青草がしげっていたのは何より幸いであった。かの競技用自動車は、崖から落ちて何回かくるくるひっくりかえって転げたらしく、もうすこしで流れにとびこみそうなところで、腹を天に向けていた。それに乗っていた二人の少年は、一人がすぐ崖下に、一人はそれから十メートルも先に投げ出されていた。
 山木と河合は、崖をつたわって、ずるずると下に滑《すべ》り下りた。
「やあ、やっぱりそうだ。ネッドだ!」
 河合が、たおれている少年を抱きおこして、その顔を見て叫んだ。
「ええっ、ネッドか。かわいそうに、もう息をしていないか」
「ああ、息がとまっている。もう死んでしまったんだよ、かわいそうに……」
 山木と河合は、たまらなくなって、この黒い友達の顔の上へ涙をぽろぽろおとした。こうなると知ったら、むりをしてでもネッドたちを箱自動車のうしろにでも別の車にのせて引張ってきてやるのだったと後悔《こうかい》した。
 そのとき、ネッドの死骸が大きなくしゃみをした。ネッドの死骸が、山木と河合の腕の中で、ぶるぶるっと慄《ふる》えた。山木と河合はびっくりしてネッドの死骸を放り出した。
「ああああッ。僕はもう死んでしまったのかい。ああああッ、それはなさけない」
 ネッドは妙なふるえ声で叫んだ。そして目をぱちぱちやった。
 山木と河合は事情をさとった。ネッドは死んでいなかったのだ。
「ネッド、起きろ、大丈夫だから起きろ」
「あたいをコロラド大峡谷《だいきょうこく》まで、一しょにつれていってくれるかい。それを約束するなら生き返ってもいいよ」
 ネッドは、際《きわ》どいかけひきをやった。山木と河合とはふき出した。
「生き返るのがいやなら、ここでいつまでも死んでいるがいい」
「それよりも張《チャン》を見てやろうよ」
「張も死んだまねをしているのじゃないか」
 山木と河合とは、張の方へ走り寄った。張は仰向けになって伸びている。
「あ、血が出ている。これはほんとうにたいへんだぞ」
「おい、張、しっかりするんだよ」
「龍王洞《りゅうおうどう》の仙人さま、死んじゃ損ですよ」
 ネッドもいつの間にか傍へよってきて、張少年に声をかけた。
「ううッ。痛い……」
 皆の呼ぶ声が、張に通じたと見え、彼は呻《うな》り声《ごえ》をあげ、顔をしかめた。
 張は死んだのではない。
 三人の少年たちは安心をして元気づいた。張の怪我したところを調べてみると、それは左の上膊《じょうはく》(上の腕)を何かでひどく引裂いていた。傷はいやに長く、永く見ていると脳貧血《のうひんけつ》が起りそうであった。河合は、箱自動車の方へとんで帰って、救急袋を持ち戻った。そこでとりあえず張の腕を包帯《ほうたい》でしばって血どめを施したが、それはうまくいかないと見え、せっかく巻いた包帯がすぐまっ赤になった。
「ううッ、痛いよ、痛いよ……」
 張は蒼くなって痛みを訴えた。
 三人は困った顔をした。ほんとうのお医者さまにみせる外ないのであろう。三人は張をかつぎあげて、崖をよじのぼり、箱自動車のうしろをあけて、折りたたんだ天幕の上に張を寝かした。傍にはネッドをつけ、山木と河合とは再び運転台に乗って道路を全速力で走り出した。早くどこかの町へとびこんで、張をお医者さまにみせて手当をうけなければならない。
 それから四キロばかり行った先に、小さな町があり、そして医院があった。張をその中へかつぎこんで手当をうけた。傷の中から硝子《ガラス》の破片が大小七つも出てきた。これをとりのぞいたので、張は楽になり、死ぬように泣き喚《わめ》くことはやめた。まあ、よかったと、三人は顔を見あわせた。
「張、どうするかい。この傷ではたいへんだから、村へ戻るかい。戻るならネッドといっしょに、バスに乗ってかえるんだね」
 山木は張にそういった。
 張はすぐ返事しなかった。張は、医院の廊下にべったり座ると、腰に下げていた袋の中から大切にしている水晶の珠を取出し、それにお伺いをたて始めた。張の手当をした老医師は、張がぺったり廊下に座ったのを見て張が腰をぬかしたのだと思い、あわてて奥からとびだしてきた。が、この有様を見てとって、気味がわるいなあといった顔付きになって、白髪頭《しらがあたま》を左右に振った。
「やっぱり、旅行を続けた方がよい――というお告げだ。山木君、河合君。僕は一しょに行くよ」
 張は元気な声でいった。
 山木と河合は相談をした結果、張とネッドをコロラド大峡谷まで連れて行くことに決めた。その代り五週間も遊びまわることは許されなかった。人数が倍にふえたから、食糧は半分の日数しか持たないし、それにお医者さまに治療費を払ったので、残りのお金もとぼしくなった。とにかくこれからはお互いに倹約してやっていかないと、果して目的のコロラド大峡谷まで行けるかどうか、安心はならないのだった。山木と河合の心配を余所《よそ》に、ネッドと張は大元気でふざけている。全く現金な両人だ。とうとうコロラド行をものにしてしまったのだ。


   経済会議


 その夜は天幕《テント》を河原へ張って泊った。翌朝になると、まだ燃えている油に砂をかけてやっと消し、それから競技用自動車に綱をつけて崖の上へ引張りあげ、道路の上に置いた。だがこの自動車はエンジンがかからなかった。仕方がないから綱で箱自動車のうしろへつなぎ、箱自動車でそのまま曳《ひ》いて出発した。大きな牛をかいてある箱車のあとに、ぺちゃんこに押しつぶされた競技用自動車が綱に曳かれてふらふら走っていくところは、実にへんな光景で、街道の至るところに大笑いの種をまいた。
 いくら笑われても、車上の四少年は笑うことをしなかった。いろいろ気にかかることがあって、笑う元気がなかったのである。
 聴けば、張とネッドの乗ってきた自動車は洗濯|倶楽部《クラブ》で借りたものであるが、ブレーキがどうかしているらしく、出発当時からあぶないことばかりであったそうな。その洗濯倶楽部には、ネッドの義兄が会員として入っているので、その手づるで借りることができたという。しかしこのようなぺちゃんこの車になっては、どう詫びて返したらいいだろうかと、日頃は楽天家のネッドも箱車の後から顔をのぞかせて青息吐息であった。
 それでも旅程は一日一日とはかどって、だんだんアリゾナ州へ近づいていった。とはいうものの、まだやっと半道を過ぎたばかりである。
 その頃、貯蔵の食糧が、がっかりするほど減ってしまった。この調子でいくと、四人はコロラド大峡谷の中で餓死《がし》するおそれがあることが分った。食糧係の河合は、目を皿のように丸くして、この一件をどうするかについて一同に相談をかけた。
「僕とネッドがむりに加わったからいけないんだ。その原因は僕たちにあるんだから、なんとか僕たちで考えよう」
 張は、わるびれずにいった。その様子があまり気の毒だったので、山木が言葉をかけた。
「おい張君。君が大切にしている水晶さまにお願いして、缶詰を二箱ぐらいなんとか都合してもらえまいか」
「冗談じゃない。そんなうまい力は、水晶さまにありゃしない」
 張が正直なことをいったので、皆は声を揃えて笑った。するとネッ
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