いや本艇に予期以上の燃料が蓄えてあったことがわかったので、この点では心配ないと思う。食糧は燃料ほど十分ではなく、いっぱいいっぱいの程度である。だから火星へ直行する場合は、これから当分のうち少し減食しなければならないと思う」
「火星へ行きましょう」
「賛成、ここまで来たんだから火星へ行ってみたい」
「どうせわれわれは火星探険協会員だから、火星へ向って苦労するのは元より覚悟の上です。行きましょう、火星へ」
乗組員たちは皆火星へ行きたがった。地球へ引返したいと申出る者は、只の一人もなかった。
これを見て、デニー老博士は大満足であった。
「では、本艇はこれより火星へ直行することに決める。本日の観測によれば、火星まであと十一日かかると思う。その間に、諸君はかねての研究にもとづき、十分の準備をせられるよう希望する。火星に上陸できるかどうかは、もうすこし先になってみないと決めかねるが、ともかくも明日、上陸後の編成を発表する。何分《なにぶん》にも乗組員の数が少ないから、各人はそれぞれ相当重い役割をつとめなければならない。それは覚悟して置いてもらいましょう」
「何でもやります。どしどし命令して下さい」
「そうだ。これまでに費した研究の結果を、ここで十分に発揮して、火星と地球との交通を開くことに成功したいものだ。諸君、大いにやろうぜ」
「ああ、やるとも、やるとも、地球人類の名誉にかけて、このことは成功させてみせる」
「火星へ一番乗りができたら、僕は火星の上で土になっても悔《く》いないぞ」
乗組員たちは永年火星探険に強い憧れをもち今日まで苦労を積んできた人ばかり、デニー老博士に応えて協力を誓った。そして互に激励しあったのであった。
それ以来、この宇宙艇の中には春のような明るさが流れた。皆々の覚悟はできたのだ。まだ人類の到達したことのない遠大なる目標火星探険へまっしぐらに進んで行くのだ。
四少年たちも同じように、いや大人たちよりもずっと強く、火星を探険することをよろこんでいた。その日彼等は艇の展望台の窓に顔を寄せて、外を眺めた。
暗黒かぎりなき大宇宙の姿よ。なんという巨大なる空間であろうか。その暗黒の中に、諸星はダイヤモンドのようにきらめいていた。また西の方には、満月の十数倍もある大きな地球が輝いていた、あそこから出発したのに違いないが、こうして見ていると嘘のような気がする。その蔭に、月が小さく寄り添っている。
火星はどうしたであろう、見えるであろうか。
展望室をぐるっと廻って反対の窓にでる。あっ見えた。あの真赤な星だ。大きさは、もうお盆ぐらいに見える。あれが火星だ。あの毒々しい色の星に、一体何がまっているのであろうか。
火星の生物
「あいかわらず火星の表面は、ぼんやりと霞んでいるね」
いつのまにきたか、四少年の大好きなマートン技師が、彼等のうしろに立って、同じように展望窓から火星を見て、そういった。
「ああ、マートンさん。火星の表面はなぜあんなにぼんやりしているのですか」
河合少年は、こんなときに誰よりも先に質問したくなるのだった。
「ああ、霞んでいるわけをいいましょうか、あれはね、火星の表面には水蒸気があるからだ。地球だってそうだ。水蒸気があるから雲があって、今日だって大陸の形などよく見えやしない。火星の水蒸気は、地球の水蒸気と比べて二十分の一しかない。その割に、火星の表面がぼんやりしているわけは、もう一つある。それは火星の周囲をかなり夥《おびただ》しい宇宙塵《うちゅうじん》が取巻いているせいだ。宇宙塵てわかるかね」
「何だろうな、ウチュウジンて?」
ネッドが大きい目をぐるっと動かした。
「宇宙塵というのは、宇宙の塵なんだ。つまり星のかけらの小さいのが宇宙塵だ。これが火星の周囲をぐるっと取巻いている。だから火星の表面は一層見えにくいのさ」
マートン技師は自分の説明が少年たちにわかったかどうか心配げな顔である。
「宇宙塵は、なぜ火星のまわりに集まっているんですか」
張少年から質問が飛びだした。
「宇宙塵がなぜ火星を取巻くようになったかという問いだね。ううん、これはむずかしいことだ。いろいろ臆説はあるが、天文学者にもまだ本当のことはわかっていないんだ」
「学者にもわからないことがあるんですか」
ふしぎそうに張はたずねる。
「もちろん、そうさ。学者は世界にたくさんいる。しかしその人たちの説き得た自然科学の謎は、まだほんのわずかだ。これから先何億万年かかっても、その全部はとき切れないだろう。そのように自然科学の奥は深いのだ」
「そんなに永いことかかっても、わからないもんですかねえ」
河合少年は小首をかしげる。
「そんなに永いことかかってもわからないことを、今こつこつ一生けんめいにやっている学者なんておかしいです
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