るめず「おれたちは、こういうことを聞込んでいる。地球では、人口が殖える一方資源が少くなって、大いに困っている。そのために永年にわたって火星への侵略戦争を用意していたというじゃないか。地球人という奴は全く油断がならないよ」
「そのことも、あなたの誤解です。なるほど地球の人口は多いです。またこれまでに地球上には戦争もたびたびありました。しかし今はもう侵略戦争は根だやしになりました。そのわけは、戦争の惨禍というものが、負けた国の人々にはもちろんのこと、勝った国の人々にもふりかかってくることが分り、戦争は地球上のすべての人々に大きな不幸をもたらすことがよく分ったのです。だからもう戦争には懲《こ》りて、どの国でも戦争を起すことはやめたと宣言しているのです。これで地球には万世の太平が来たのです。この万世の太平は、地球の上だけのことでなく、惑星と惑星の間にも約束されねばなりません。いや、宇宙全体の生物たちは、仲よく助けあって、幸福の道に進まねばなりません。お互いに愛し合い、お互いに助け合う気持さえ起れば、戦争などという不幸な手段によらずに、おだやかな話し合いで万事うまく解決すると信ずるのです。人口過剰問題も資源不足問題も、互いに助け合う心さえあれば、必ず解決すべきことです。ぼくはかたくそう信じます」
山木は、いよいよ顔を赤くして、自分の信ずるところを述べたてた。
「じゃあ聞くがね、君たちはなぜこの火星へことわりもなしに侵入したのだ。来るなら来るで、前もってこっちの都合を聞き、よろしいという返事を待った上で来るのがいいじゃないか。それをことわりなしに入って来るなんて、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えない」
ブブン代表は、一歩もゆずらない。なるほど、デニー博士の宇宙艇はことわりなしに火星着陸をやったのであるから、そういわれると弁解の道がない。
だが山木は言った。
「それは無理です。なぜといって、ぼくたちには火星人がどんな言葉を使っているか、全然知らなかったのです。それをどうして知るか、その方法はなかったから、いきなり火星へ宇宙艇を乗りつけたのです。第一、ぼくたちには火星にあなたがたのような人々が住んでいるかどうか、それさえ分っていなかったのですからねえ」
「はっはっは」とブブンは反《そ》り返って笑った。
「火星人の言葉も研究しないで、いきなり侵入して来るなんて、なんという野蛮なことだろう。おれたちは、ちゃんと地球人の言葉を知っているぞ、だからこうして君たちと話をしているんだ。あっはっはっは。どうだ。分ったかね。地球人はわれら火星人に比べて、ずっと文化程度が低いのだということを……」
そういわれてみると、山木は言いかえすすべを知らなかった。たしかにそうである。地球の者で火星語を知っている者も、それを研究していた者もひとりもないのだ。デニー博士さえ知らない。しかるに火星人はちゃんと地球語をあやつって話している。これによって火星人の方が地球人よりすぐれているのだといわれても、言いかえすことが出来ないのだった。
だが、一体火星人はどうして地球語をおぼえたのであろうか。
最後の努力
少年たちの形勢は悪くなった。
山木は言葉もなく、ブブンに言い負かされた形だ。ブブンの大きな眼玉がぐるぐると動き、彼の頭に生えている触角が蛇のようにくねくねと気味わるくゆらぐ。
ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。
「おい張、ぼくたちは一体どうなるだろうね」
地蔵さまのように立っていた張は、ネッドの手をやさしくなでてやった。そしていった。
「大丈夫だ。心配するなよ。今にうまく解決する」
「ほんとうかい。でも、相手のけんまくは相当強いぜ。逃げてかえろうか」
「まあ待て、動いてはよくない。ぼくのように落付いているんだ」
「だめだよ。ぼくは落付けやしないよ」
「ネッド」
「なんだ、張」
「お前は忘れたか、牛頭仙人のことを」
「ああ牛頭仙人……それはお前のことだ」
「そうだろう。お前はいつも大仙人のことを信じていた。その大仙人は、さっきからひそかにあの霊現《れいげん》あらたかなる水晶をなでてて、占っていたんだ。ほら、水晶はこのとおりぼくの腰にぶら下っている袋の中にあるんだ。占ってみると、たしかに今の急場は大丈夫しのげるとお告げが出たぞ。安心しろ」
「え、お告げが出たか。そうか。そんなら安心した」
ネッドは急に元気になっていった。
「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」
ブブンはなおも声高にどなっていた。そのときとつぜん、音楽が始まった。牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。その曲はトロイメライ。聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏
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