!」
「ふうん、考えたよ。あんなものに乗って行くとは」
 艇から転がるように姿を現したのはあのぐらぐらする大きな牛乳配達車だった。横腹に、大きな牝牛を描いてあるあのおんぼろ箱自動車であった。その上には、空気服を着て太い尻尾を生やした三少年が立っていた。もう一人は運転台にいるに違いない。これを見た乗組員たちが、一せいに歓呼の声をあげたのも無理ではない。が、彼らは次にぽろぽろ涙を流し始めた。大きい感激の涙を! 四少年は、これから何をするのだろう。彼らの運命はどうなるのだろうか。


   高い跳躍


 箱自動車は、沙漠の砂をけって進む。四少年は、瞳をじっと火星人の群に定めて、顔を緊張に硬くしている。
 火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてくる。
 箱自動車は、そのまん中をめがけて矢のように走って行く。
「おい、もっとスピードをゆるめた方がいいよ。でないと、火星人をひき殺してしまうかもしれないからね」
 山木が、運転台に注意した。
「だめなんだ、これが一番低いスピードなんだ」
「そんなことはないだろう」
「いや、そうなんだ。火星の上では、重力が地球の場合の約三分の一しかないんだ。だから摩擦《まさつ》も三分の一しかないから、えらくスピードが出てしまうんだ」
「そうかね。そんなことがあるかね」
 山木には、ふしぎに思えた。
 そのとき河合が、あっと声をあげた。と、自動車は大きくゆれ、かたんとはげしい音をたてて停ってしまった。
「うわッ」
 箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。砂だったからよかった。もし岩であったら、頭をめちゃくちゃにくだくところだった。
 火星人の群から、きゃんきゃんと、奇妙な笑声がまきおこった。
 沙漠に、たくみな落し穴がこしらえてあったのだ。そうとは知らず、河合は箱自動車をすっとばして、穴の中へ落ちこんだのだ。
 形勢は急に不利となった。ただ幸いなことに河合も山木も、おでこに瘤《こぶ》をこしらえたぐらいのことで、生命に別条はなく、一方、張もネッドも、すぐ砂の中からはい出した。
 だが、皆の顔色はすっかり変っていた。頼みに思う箱自動車が穴ぼこの中に落ちてしまったのでは、これからてくてく歩くしかないのだ。それはずいぶん心細いことであった。
「どうしたらいいだろうか」
「困ったねえ」
 と、張とネッドが顔を見合わせて、今にも泣き出しそうだ。
「おい河合、どうしたらいい」
 山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。
「おーい、皆安心しろ。車は大丈夫だぞ」
「だって河合。車がいくら大丈夫でも、穴ぼこの中にえんこしていたんじゃ仕様がないじゃないか。役に立ちゃしないもの」
「ううん、大丈夫。皆、手を貸せよ。車をこの穴ぼこから上へひっぱりあげればいいんだよ」
「なんだって。穴ぼこから、車をひっぱりあげるって。そんなことが出来るものか。ぼくたちは子供ばかりだし、自動車は重いし、とてもだめだよ」
 ネッドがそういって肩をすくめた。
「大丈夫、もちあがるよ。ぐずぐずしていないで、皆穴の中へ下りて来て、手を貸した。さあ早く、早く」
 張とネッドと山木は、河合のことばを信じかねたが、しかし河合がしきりに急がせるのでしぶしぶ穴の中へ下りた。
「さあ、こっちから押すんだぞ。一《い》チ、二《に》イ、三《さ》ン。そら、よいしょ」
「よいしょ、おやァ……」
「よいしょ、よいしょ」
 意外にも、箱自動車は動き出して、穴の斜面をゆらゆらとゆれながら上へ押しあげられて行った。やがて、ちゃんと元の沙漠へ自動車はあがった。
「変だね。この自動車はなんて軽くなったんだろう」
「それはそのわけさ。さっきもいったろう。火星の上では、地球の場合にくらべて重力は約三分の一なんだ。だからなんでも重さが三分の一に感じられるんだよ」
「へえ、そうかね」
 あとの三人は目を丸くした。
「まだ信じられないんなら、ためしに大地をけって、ぴょんぴょんととびあがってごらん。びっくりするほど高くとべるから」
 河合がそういったので、一番茶目助のネッドが、早速ぴょんととびあがった。
 と、あらふしぎ、ネッドのからだはボール紙を空へなげたようにすうっと軽くもちあがり、三人の少年の頭の上よりもはるかに上までとびあがった。
「やあ、あんなに上までとびあがったぞ。まるで天狗みたいだよ」
「やあ、これはおもしろい。もっととんでやれ」
 ネッドはいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした。そのたびに、お尻につけている太い狸の尻尾が宙にゆれて、じつにおかしかったので、皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさ
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