は、どのへんに着陸するのであろうか。火星の生物は、本艇をもう見つけているだろうか。どこかに火星の生物の飛んでいる姿は見えないであろうか。
 少年たちは思い思いに想像を逞《たくま》しくしている。神経衰弱だったネッドまでが、奇異の目を光らせて、下界に眺め入っている。
 が、突然|椿事《ちんじ》が起った。
「総員、エンジン室へ集れ」
 けたたましい警鈴《ベル》と、悲痛な叫び声。それが終らないうちに艇は嵐の中に巻込まれたような妙な音をたて始め、そしてぐんぐん下へ落ちて行くのが感じられた。
「墜落だ。あっ、火事だ。尾部から煙の尾を曳いているぞ」
 さっきまで無事進空を続けていた宇宙艇であったが、火星の高度二万メートルのところから急に錐揉《きりもみ》状態に陥って煙の尾を曳きながら墜落を始めたのだ。
 老博士以下の運命は、どうなるか。


   火星着陸


 エンジン室の様子は、戦場のようにものすごかった。
 艇長デニー博士は、一段と高い指揮台の上に立ちあがり、声をからして次から次へと伝令を出した。博士の顔は、血がたれそうにまっ赤で、灰色の頭髪は風に吹かれる枯れすすきの原のように逆立ち、博士の両眼は皿のように大きく見開かれたままだった。
「界磁《かいじ》電圧を六百ボルトまであげろ。……発電機がこわれたっていい。あと五分間もてばいいんだ。……第三電動機、回転をあげろ。三千八百回転まで、油圧を上げろ……」
 老博士の声は、まるで若者のように響いた。
 四少年も、あっちへ走り、こっちへ走りして力を添える。
 マートン技師と河合少年が、まるで二人三脚をやっているように、身体をくっつけ合って配電盤の方へ走る。
 張は、界磁用抵抗器のハンドルにぶら下って、両足をばたばたやっている。
 ネッドは――ああ可哀そうに頭から黒い油をあびてしまった。
 山木は、鋼鉄の梁《はり》の上によじのぼり、そこに据えつけてあった大きな双眼鏡にかじりついて、外を見ている。
「……あと一万三千メートル。艇はすこし西へ流れた。……沙漠だ。広い沙漠だ。湖が見える。大きな輪がいくつも見える。何だかわからない……」
 山木は、双眼鏡の中に入ってくるものをとらえて、片っ端から言葉に直す。
「まだか、まだか、マートン技師」
 デニー博士の声が、爆風のように響く。その答はない。
「マートン技師。どうした……」
 すると漸《ようや》くマートンの右手があがった。と博士の肩がぶるぶると慄《ふる》えた。
「重力中和機の全部。スイッチ入れろ」
「よいしょッ」
 と、ぐぐぐぐッと地鳴りのような響がして、けたたましく警鈴《ベル》が鳴りだした。
「ああッ」
「うーむ……」
 エンジン室の全員が、電気に引懸ったように呻《うな》った。そして誰もが、死の苦悶のような表情で、目を閉じ、歯を喰いしばった。
 ネッドは、油の海へいやというほど顔をおしつけられた。張は配電盤へおしつけられ、服のお尻のところへ火花がぱちぱち飛んだ。河合はマートン技師の股ぐらへ首をつっこんでしまった。山木は、後へ急に引かれて、鋼鉄の梁に宙ぶらりんとなった。
 時間にして四十秒の短い間だったが、人々はそれを百年のように永く感じた。その間人々の息は停り、心臓さえ、はたと停ってしまったように思った。
「うまく行ったぞ。重力は減った。墜落の速度は落ちた。た、た、助かるぞ、これなら……」
 最初に声を出したのは、艇長デニー博士であった。博士の最後的努力が遂に効を奏したのだった。
 嵐が急にやんだように、狂瀾怒濤《きょうらんどとう》が一時に鳴りを鎮めたように、乗組員たちの気分は俄《にわ》かにさわやかとなった。立っていた者は、へたへたとその場に崩れるように尻餅をついた。
 油の海の中に気を失っているネッドが、河合によって助け起された。そこへマートン技師が駆けつけて、活《かつ》を入れてくれたので、ネッドは息をふきかえした。助けられた者も、助けた者も、共に顔はまっ黒で、全身から油がしたたり、まるで油坊主のようであった。
「……高度五百メートル、六百メートル。少し上昇していきます」
 いつ、元の双眼鏡へ戻ったか、山木が元気な声で叫んだ。
 と、デニー博士がよろよろとよろめきながら、指揮台の手すりを力に立上った。
「マートン技師。重力中和機を調整するのだ。着陸用意。舵を下げろ。五度へ下げろ。それから零度へ戻せ……」
 マートンが、油をはねとばしながら駈け出した。
「……大きな密林だ。密林だ。あっ、密林が切れて、今度は海だ。海、海……」
 山木が叫ぶ。
「右旋回……」デニー博士の声。
「なに、やっぱり駄目か。……噴流器の右側の列を使うんだ。早く早くしろ」
 博士のこの言葉がなかったら、宇宙艇はむざんにも火星の海に頭を突込んで沈んでしまったろう。そうなれば折角ここま
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