うして送りに来たのに……」
「いけない、いけない。出発の時刻が来たら堂々と扉をひらいて出ていって見せるから」
「ふうん、気をもたせるねえ。出発時刻は正確なんだろうね」
「ぜったいに、正確だ。九時|零《れい》分だ」
「よし皆。もうすこしだとよ、待っていよう」
 中では二人のほっとした溜息《ためいき》がきこえた。その頃、ようやくフェンダーも直り、イグニションもどうやらきくようになった。あとは車体のぬりかえであった。
「おい、まだ残っていた。ヘッド・ライトがついていない」
「ああっ、そうか」
 自動車がヘッド・ライトをつけていないとどうにも恰好《かっこう》にならない。車体のペンキ塗りは後まわしにして、二人はいやに重いヘッド・ライトの取付にかかった。
「おい。おい、もう時刻が来たぞ。扉をあけてもいいか」
「まだまだまだ、待て待て。もうすこし待って居れ」
「戴冠《たいかん》式の自動車でもこしらえているつもりなんだろう。あんまりすばらしい自動車を見せて、僕たちをうらやましがらせるなよ」
「わかっている、わかっている」
 ヘッド・ライトが取付けられると、あとは出発の時間まで五分しか残っていなかった。
「ペンキぬりをする時間がありゃしないよ」
「困ったなあ、この恰好じゃ仕様がないよ。箱の横腹にいっぱい牛の絵がついているんだものねえ」
「でも、出発の時刻をくるわせることはできないよ。困ったねえ」
 外からは小屋の扉をどんどん叩く。その音がだんだんはげしくなって、もうすぐ扉が壊れそうであった。
「仕方がない。これで行こうや」
「えっ、そうするか」
「こうなったら心臓だ、さあ、早く修理道具を集めて車にのっけてしまおう」
 遂に待ちに待った小屋の扉が左右にひらかれた。前に集まっていた二十何人の友だちは一せいに歓声《かんせい》をあげた。自動車は小屋の中から、がたがたと音をさせて外に姿をあらわした。河合がハンドルを握り、その横の席で山木が一生けんめいに愛嬌《あいきょう》をふりまき、皆にあいさつのため帽子をふった。
「なあんだ、この間まで道傍にえんこしていた牛乳配達車じゃないか」
「あっ、すげえや。こんな大きな牛の絵をつけて、グランド・カニヨンまで行くのかね。あっちの犬に吠えられてしまうぜ」
「とんでもない戴冠式のお召し車だ」
 山木も河合も、弁慶蟹《べんけいがに》のように顔を真赤にして、はずか
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