電室へ駆付けた。
「もしもし、KGO局ですね。……そうですよ、危機一髪のところで墜落を免れて着陸しました。……皆おどろいていますって。局へ電話がどんどんかかってきますって。自動車で乗りつける人もある。それは愉快だな。……こっちの乗組員の氏名ですか。まず艇長のデニー博士、それから……」
 地球の上では早くもこれが全世界に電波の力で報道され、大興奮の渦巻となった様子であった。会議中だったデニー博士も遂にマイクの前に引張り出された。
「余は、わが火星探険協会長に永年よせられたるアメリカ全国民の後援に対し、衷心《ちゅうしん》感謝の意を表するものであります。今やわが地球人類は、火星にまで足跡を印したのでありますが、われわれはその光栄のために、今日までのあらゆる苦闘を一瞬にして忘れてしまいました。さりながらわれわれの任務は重《じゅう》且《か》つ大《だい》でありまして、火星人との交渉はこれから始まらんとして居ります。われわれは地球人類の光栄と名誉を保持し、それを汚すことなく、この新しい使命について万全の努力を払おうとする次第であります。ただ心にかかることは、宇宙艇の大破損と、燃料の大部分を失ったことでありますが、只今もその善後策について、最善の途を考慮中であります。最後に余は、アメリカ国民諸君、いな全地球人諸君に深く期待し、この火星探険をしてわれらの生きとし生けるものの幸福と栄光へ導かんことを願うものであります。ありがとう」
 このデニー博士のあいさつは、非常な感激を地球上の人々に与えたようである。
 それから後は、無電室は猛烈に忙しくなった。公式の通信の隙間に、各通信社からの特別通信申込が殺到して、それにいちいちどう答えてよいのか分りかねた。なにしろこっちは只一つの無電装置が回復したばかりであって、とても地球からのおびただしい通信の申込みを満足させることができなかった。
 デニー博士が再びマイクの前に立って、われわれは今火星に着陸したものの、非常な危険に曝《さら》されて居り、火星探険記などについて今詳しい報告を送っている余裕のないことを正直に告げなかったとしたら、せっかく回復した宇宙艇の無電装置は使いすぎのため間もなく壊れてしまったことであろう。ようやく事態が地球上にも分かり、政府は、命令を以て、今後当分のうち、宇宙艇との通信は公報にかぎられることとし、一方デニー博士の要求に応
前へ 次へ
全82ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング