ねばならぬ」
 博士は、進んで火星人に近づく心であったらしい。そして平和|裡《り》に、事をきめたい考えであることが分った。が、このとき火星人たちは、何思ったものか、急に密林から姿を現わした。そして広い沙漠を、まるで飛ぶようにしてこっちへ向って来るではないか。何百人、いや何千人、いやいやもっと多いのだ。まるで赤蟻の大群が引越しをするような有様で、隊伍をととのえて沙漠を横断し、この宇宙艇へ向けて殺到する勢いを示したのである。
 ああ、危機来る!
 こっちは僅か十人足らずの地球人類だ。相手は何万何十万と数知れぬ火星人の大集団だ。しかもこっちの者にとっては、勝手のちがう異境火星の上だ。デニー博士の一行は非常に不利な立場にある。


   迫る火星人


 事態はすこぶる険悪だった。
 頭のでっかい赤蟻が立ったような恰好の火星人の大群は、見事な隊伍をつくって、刻一刻、沙漠に腹這《はらば》いになった宇宙艇へ近づいて来る。
 わが火星探険団の指揮をとるデニー老博士は、指揮台の上に突立ち、テレビ見張器の六つの映写幕をじっと見つめて、身動きさえしない。
 ああ、このままで行けば、一行九名は、火星人の大群の襲撃をうけて、たちまち踏みにじられてしまいそうである。
 河合は、このときマートン技師のそばについていたが、技師が食料品をすこし食堂へ行って貰ってくるようにといったので、河合はいそいでそちらへ走った。
 食堂へ入ってみると、張とネッドが、有機|硝子《ガラス》の丸窓へ顔を押しつけて、外を一生けんめいに見ていて、河合の入って行ったのにも気がつかないようだった。
「おい、マートン技師からだ。ソーセージとアスパラガスとコーヒーを頼むぜ」
 河合の声に、張とネッドはびっくりして後を振返った。
「へえっ。食べるどころのさわぎじゃないじゃないか」
 と、ネッドが目を丸くした。
 張の方は「よろしい」と答えて、厨房《ちゅうぼう》へ駆けこんだ。
「いや、腹がへっては駄目だ。今のうち食べられるだけ詰めこんでおけと、マートンさんはいうのだ」
「羨《うらやま》しいなあ。僕みたいな食いしん坊でも、今はビスケット一つ食べようとは思わない」
 張が厨房から駆け戻ってきた。ソーセージとアスパラガスの缶詰と、コーヒーの入った魔法壜とを河合に渡した。
「ありがとう、ねえ、張君。これから先、いったいどうなるんだい」
 河
前へ 次へ
全82ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング