今日はばかに花が売れますよ。犬山さんのおかげです。昨日かいて下すったこの花の画看板のおかげです。ありがとう。ありがとう」
 源一は、一坪店から、通りの方へ大きな声でさけんだ。犬山猫助は、今朝からこの銀座通りへ、似顔《にがお》スケッチの店をひらいたのである。彼は、源一にすすめて、源一もこの表通りへ出てきたらいいだろうといったが、源一は矢口家《やぐちけ》のおかみさんから譲《ゆず》られた裏通りの一坪の地所から放れるつもりはなかった。
 犬山さんが近くに店を出してくれ、そしていろいろと元気づけてくれるので、源一はもう涙なんか出さなかった。
 犬山画伯は、その日、もう一枚、花の画看板をかいてくれた。そしてそれは、表通りに棒をたてて、その上にはりつけることにした。“この奥に最新開店の花やがございます。どうぞちょっとお立より下さいまし”と、案内の文句がかいてあった。
 この宣伝看板が出ると道行く人々は、前よりもずっと源一の店に気がつくようになった。
「君、源ちゃん。店の名前をつけなくちゃね」
 と、犬山画伯は源一の店の前へやって来て、画看板を指でたたいた。なるほど、名前がほしい。
「なんとしますかね
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