源一はおどろいて、三輪車のエンジンを全開にして現場へかけつけると、ブレーキをかけるのも、まどろこしく、車からとびおりて田の中を見た。
ジープは車輪を上にして田の中にめりこんでいた。乗っていた人は、どうなったかと見ると、車から五メートルばかり離れたところでのびていた。生きているのか死んでいるのかわからない。顔が血でまっ赤だ。さあたいへん。
ゲンドン
源一は、できるだけの速力で、泥田《どろた》の中へとびこんでいった。ひっくりかえったジープの横をぬけ、たおれているアメリカ人のそばへ寄《よ》った。
その人の顔からは、まだたらたらと血が流れ出てくる様子、いきはしているが、その人は目をとじたままだった。
かたわらにその人の帽子が落ちていた。将校の帽子だった。
「しっかりなさい、もしもし、ハロウ。ハロウ。しっかりなさい」
源一は、「しっかりなさい」という英語を知らないことをたいへんに後悔《こうかい》した。
その人はそれでも気がつかなかった。
「……早く病院につれていかなくては――」
源一は、いきなりその人をかつぎあげた。ずいぶん重い身体だった。しかし源一は力持ちだったから、相手をかついで田の中をわたり、道まで出た。そしてその人を、三輪車のうしろの、荷物をのせるところへ入れ、走り出した。
走っている途中で、その人は気がついたようであった。
その人は、何かいった。しかし源一にはよく分らなかった、源一はいいかげんに返事をしながら、先を急いだ。
病院の玄関に車をつけた。源一は車をとびおりると、大声で看護婦をよんだ。奥からばたばたと白い服を着た看護婦があらわれた。
「アメリカの将校《しょうこう》が自動車事故で大けがをしたんです。僕の車のうしろに積んで来ました。早くたんかを持って来て下さい。院長さんは、いるでしょうね。早く手当をしてあげて下さい」源一は早口にしゃべった。看護婦たちはあわてて奥へかけこむと、すぐたんかをかついで出て来た。
そして玄関先へ下りて、源一の三輪車のうしろへまわった。
「わたくし、たんか、いりましぇん」アメリカ人は、たんかを見ると、手をふりながら、そういった。そして三輪車から下りて立った。血のこびりついた顔は元気に見え、そして笑っていた。看護婦たちはおどろいてしまって、ことばも出なかった。
「おいしゃさま、どこにいますか」アメリカ人は、重《かさ》ねて日本語でいった。
「看護婦さん。早くこの方を手術室へ案内しなさい。早く早く」源一がそういったので、看護婦たちは始めてわれにかえってアメリカ人をなかへ案内した。中へはいりかけたアメリカ人は、まわれ右をして、また、玄関先に出て来た。そして源一の方へつかつかと歩いていって、握手をもとめた。
「ありがと、ございました。……おや君はゲンドンではないか」アメリカ人は、大きく目をひらいて、源一の顔をみつめた、源一は奉公していたお店で「源《げん》どん」とよばれていた。「源どん」という名をしっているこのアメリカ将校は、一体だれであったろうか。
ヘーイ少佐《しょうさ》
源一は、自分が助けてこの病院へつれて来たアメリカの将校から、
「おや君はゲンドンじゃないか」とよばれて、目をみはった。誰だろう、自分の名を知っているこの将校は? 「ああ、そうか。ヘーイさんですね」源一は顔をまっ赤にしてさけんだ。
「そのとおり、ぼくはヘーイさんだよ。おもいだしたね」
将校の大きなからだが、足をひきずりながら源一にぶつかるようによって来たと思うと、源一の手は、相手の大きな手の中につつみこまれそしてはげしくふられた。
「ヘーイさんだったのか。こんなところであうなんて……」
「ぼくは日本がすきだったから、志願《しがん》をしてやって来たのさ」
「将校でしょう。見ちがえちゃったな」
「そうだろう。むかし、夜おそく君んところの店をたたきおこして、時間外に、酒やかんづめを出してもらったときの、のんべえのヘーイさんとは、すこし服装がかわっているからね。しかしねえゲンドン、中身はやっぱりあのときと同じヘーイさんだよ。安心してつきあっておくれ。おもしろい話が、うんとあるよ」
そういってヘーイ少佐《しょうさ》は、大きなこえで笑ったが、とたんに、
「あいたタタタタ――」
と顔をしかめた。大きく笑ったのが傷口《きずぐち》にひびいたためであった。
そのとき看護婦たちがヘーイ少佐に、早く中へ入って手当を受けるようにとすすめなかったなら、少佐はまだまだゲンドンと思い出話をやめなかったことだろう。
少佐は、それから病院の中へ入った。そして手術室で手当を受けた。
隊との連絡がついて、やがて三時間たったら寝台車で隊へはこぶこととなった。それまでを、少佐は病室でしずかにねむることとなった。
源一は少
前へ
次へ
全16ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング