しくなった。
 表通りの建築がすすむにつれ、こんどは銀座の裏通りの建築がはじまった。表通りがにぎやかになるのなら、裏通りへも人が来るにちがいない、だから表通りにおくれないように商売家をたてようというねらいだった。
 そういう建築主《けんちくぬし》は、ないないといいながらも、たくさんのお金を持っていて、「こう高くちゃ、家をたてただけで、財布《さいふ》がからになってしまう」などとこぼしつつ、どんどん家をたてるのだった。
 一日ごとに目に見えて銀座の表通りは家がたちそろいにぎやかになっていった。それと競争のように、裏通りの方も日に日に町並がかわって、新店があちらにもこちらにも開店祝いのびらをにぎやかにはりだした。「銀座が復興したね。ずいぶんにぎやかになったね」
「そうだってね。今日は、行ってみようと思ってたところだ、そんなに復興したかい」
「君はまだ行ってないのか。じゃあ早く行ってみたまえ、びっくりするから。品物も、なんでもならんでいるね。そのかわり、目の玉がとびだすほど高いけれどね」
 品物が高いそうなといわれても、それじゃあ銀座へ行くのはよそうやという者はなく、どんな品物がならんでいて、どんな高い値段札《ねだんふだ》がついてるかを見たいというので、若い人はもちろん、いい年をした老人などもわっしょいわっしょいと銀座へおしだした。
 そしてそれが新しい話題となって、どんどん人から人へと伝わっていくものだから、それを聞き伝えた人々は、われもわれもと銀座へ出てくるのだった。
「高いね、高いね、これじゃ何にも買えないや」
 といいながら、はじめは見物ばかりして行く人々ばかりのようであったが、そういう人たちも、たびたび銀座をあるいているうちに、高値《たかね》になれてしまい、そしていつも不自由を感じている鞄《かばん》だのマッチだのライターだのを見てほしくなって買ってしまうのだった。そうして銀座では、ものすごく物が売れるようになった。源一のテント店はどうなったであろうか。
 あわれにも彼のテント店は雨にたたかれて汚《きたな》い色と化し、みすぼらしさを加えた、そればかりか両隣《りょうどな》りもお向いも、みんな本建築になってしまったので、源一のテント店は一そうみすぼらしくなってしまった。源一の心境《しんきょう》はどうなんだろう。


   暁《あかつき》の街道《かいどう》


 銀座の表通りの復興|店舗《てんぽ》もすっかり出来上り、りっぱになったので、昔のように表通りのどこからでも、源一の店が見えるというわけにはいかなかった。それに源一のみすぼらしいテント店のまわりも、みんな本建築《ほんけんちく》になってしまったので、源一の店のみすぼらしさは一そう目についた。したがって花を買ってくれるお客さんの数も、だんだん少くなった。
 源一はしぶい顔をして店のまん中に、石のように動かなかった。(うちも、本建築にしたいんだが、まだお金がそんなに溜《たま》っていない。ああ、あ、いつになったら、ちゃんとした店が、建てられるのかなあ)
 源一のなげきは大きかった。
(一生けんめいに働いているんだが、思うようにもうからない。サービスも一生けんめいやっているんだが、思うようにお客さんが来てくれない。どうすれば、うんとお金が手に入るかなあ)
 そのころ新聞には、毎日のように強盗《ごうとう》事件が報道されていた。一夜のうちに、強盗の手にわたる金額は何十万円、何百万円にのぼった。源一は、まさか強盗になろうという気はしなかった。しかし世間の家には、よくまあそんな大きな金がころがっているものだと感心した。そのような金を、すこし僕に貸してくれないものだろうか。せめて十万円だけ費《ついや》してくれる人があれば、うすっぺらな板を使ったにしろ、とにかく家らしいものが出来るんだが、しかしこの源一のねがいは、夢でしかなかった。誰もそんな金を貸してやろうといってくれなかった。
 その日の早朝、源一はオート三輪車で風を切って街道をとばしていた。花を仕入れるため、多摩川《たまがわ》の向岸まで行く用があったのである。まだ陽が出たばかりで、田畑《たはた》にさえ人影がなかった。
 そのとき、同じ道のずっと前方から、こっちへ向って走って来る自動車があった。それはアメリカ軍が使っているジープといわれる小型のものだった。それがスピードを出していると見え、うしろにもうもうと砂けむりをあげていた。
 源一は、やがてジープとすれちがうときのことを予想して、スピードをおとしていった。ジープは一本道をだんだん近づいた。あと三百メートルぐらいになったとき、どうしたわけかそのジープはいきなり左へ頭をふると、車体《しゃたい》が宙にういて道を踏みはずし、田の中へとびこんでひっくりかえった。
「あッ、たいへんだ」
 これを見ていた
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