がどこにあるか分った。しかし今はもうさっぱりだめだ。家が建って、見とおしがきかない。
銀座の通りからでも、源一の店は見えない。通りにもだいたいバラック式の家が立ちならんだからである。例の交番のある辻のところまでくると、はじめて源一の一坪店が見え出す、その奥の方に……。
源一の店は、まだ家になっていない。天幕《てんまく》ばりの店である。しかし、店内は、にぎやかだ。
もう、れんげ草やタンポポは、ならんでいない。
菊、水仙、りんどう、コスモス、それから梅もどきに、かるかやなどが、太い竹筒《たけづつ》にいけてある。すっかり高級な花屋さんになってしまった。
その主人公の源ちゃんは、日やけのした元気な顔をにこにこさせて、お客さまのご用をうけたまわっている。いつの間におぼえたのか、いくつかの花を器用にあしらって、あとは花活《はないけ》になげこめばいいだけの形の花束《はなたば》にまとめあげるのだった。
「どうも花のおろし値が高いものですからね。お高くおねがいして、すみませんです」
などと、源一は顔ににあわぬ口上もいう。
「ずいぶん高いのね」
と、お客さんはため息をつきながら、それでも花ににっこり笑って買っていく。
花よ。花よ。ずいぶん永い間、あなたにあわなかったね。
戦敗街道《せんぱいかいどう》
天幕《てんまく》ばりながら源一の一坪店は、はんじょうしている。
しかし源一を虻《あぶ》小僧とあざけり笑った三人組の青年たちの姿は、そのへんのどこにも見えない。彼らは芋《いも》を売っている間は、まだよかったのであるが、その後芋が統制品《とうせいひん》となって売るのをとめられた。それでも彼らは売った。それを売らないと彼らは収入がなくて食べられないからであった。そのあげく、彼らの商品はすっかりおさえられ、そしてそのまま没収《ぼっしゅう》されたものもあり、とんでもない安値《やすね》で強制買上げになったものもあった。
三人が留置場《りゅうちじょう》から出たときには、仕事がなくて、食べるに困った。その結果、とうとう悪の道へはいりこんで強盗《ごうとう》をはたらいた。
彼らが、もし正しい心を持ち、神を信じていたら、そんな悪の道におちないですんだことであろう。しかし彼らは不運にも、そういう方向へみちびいてくれる先生をもたなかったし、いい友だちがなかったし、工場が空襲で焼けて後は職を失いみじめな生活にうちひしがれ、すっかり心をどぶにつけていたようなものだった。――そして今彼ら三人は、刑務所の中に暮している。だから三人組は、この銀座へ顔を見せないのであった。
そんなことは、源一は知らなかった。にくい奴《やつ》らであるが、こうながく彼らが姿を見せないと、どうしたのかしらと、心配になった。
犬山画伯も、このところしばらく姿を見せない。しかし画伯は、刑務所で暮しているわけではない。画伯は、もともとからだの丈夫な方ではなかったので、人通りしげき銀座通りに立ち、もうもうとうずまく砂ほこりを肺《はい》の中に吸って、暮したのがよくなかったらしく、夕方には熱が出、はげしいせきが出るようになった。そこで銀座で仕事をすることは、もう三ケ月も前にやめたのである。
しかしもう大分よくなっている。仕事も、家の中でしている。進駐軍《しんちゅうぐん》の将兵たちがお土産に買ってかえる絹地の日本画を家でかいているのであった。これは、往来《おうらい》にたって似顔スケッチをやるよりは、ずっといい仕事であった。だから画伯は、ヤミで卵を買ったり肉を買ったりして食べることが出来、そのおかげで健康がもどって来たのだった。そしてときどき銀座へあらわれて、源一の一坪店を見によってくれる。
店の看板も、もう五六度もかきなおしてくれた。源一はその代金を払おうとしたが、画伯《がはく》はいつも、
「とんでもない。源ちゃんからそんなものをもらわなくても、僕は大丈夫食っていける」
といって、けっして受取らなかった。
「でも、僕だって、このごろそうとう儲《もう》かるんですよ。とって下さい」
「今に僕が展覧会をひらいたら、そのときには源ちゃんに買ってもらおうや」
犬山画伯は、これは冗談《じょうだん》だがとことわりながら、それでも目をかがやかしたものだったが……。その画伯は、どうしたんだろう?
残された者
そのうち銀座は、えらいいきおいで復興しはじめた。まずその第一|着手《ちゃくしゅ》として、銀座八丁の表通を、一か所もあき地のないように店をたてならべることになった。
その工事はにぎやかにはじめられた。木材を使った安っぽい建物ながら、おそろしいほどの金がかかった。しかし焼跡が一つ一つ消えていって、木の香も高い店舗《てんぽ》がたつとさすがににぎやかさを加えて、だれもみんなうれ
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