、犬山さん」
「さあね。すっきりした名がほしいね」
「あっ、そうだ。一坪花店《ひとつぼはなてん》というのはどうでしょう」
「なに、ヒトツボ花店というと……」
「ここの地所が、一坪の広さだから、それで一坪花店ですよ」
「な、なあるほど。よし、それがいいや」
 犬山さんは、画筆《がひつ》をふるってこの画看板に「一坪花店」という名をかき入れた。
 源一は、すっかりうれしくなって、あき箱に腰をかけ、うららかな陽をあびながら商売《しょうばい》をつづけた。お客さまは、おもしろいほどつづき、店頭《てんとう》に人だかりがするほどになった。
 お昼すこし前のこと、通りが急にさわがしくなった。それは例の三人組がやって来たのだ。干《ほ》し芋《いも》とふかし芋とをならべると、三人がメガホンを使って、さわがしく呼びたてた。すると客は、みんな三人組の方へ吸いとられてしまった。三人組の声は、ますます調子にのっている。
 源一は、また少しさびしくなった。


   半年後


 ここで話は、半年ばかり先へとぶ。
 銀座も、バラック建ながらだいぶん復興《ふっこう》した。
 進駐軍《しんちゅうぐん》の将校や、兵士たちがいきいきした表情で、ぶつかりそうな人通りをわけて歩いていく。
 銀座の通りの、しき石の上には、露店《ろてん》がずらりとならんで、京橋と新橋との間の九丁の長い区間をうずめている。
 道のまん中にたれさがっていた電線は、きれいにかたずけられて、今は電車が通っている。
 通行人の身なりも、だいぶんかわって来て、もんぺすがたがすくなくなり、ゲートルはほとんど見えない。
 戦争はおわって、平和の日が来たのだ。
 しかし敗戦のみじめさは、あらゆるもの、あらゆるところをおおっていて、日本人は一息つくごとに、いたみをおぼえなければならなかった。
 だが、戦争はおわり、平和の日が来たんだ。もう空襲警報《くうしゅうけいほう》もなりひびかないのだ。焼夷弾《しょういだん》や、爆弾の間をぬって逃げまわることもなくなったのだ。今は苦しいが、日一日と楽しさがかえってくるにちがいない。
 その楽しさは、どこまでかえって来たか。どんな形をして目の前にあらわれているのであろうか。人々は、それをさがすために、みんな、銀座の通りへあつまってくるのだった。ものすごい人通りが、こうしてできる。
 前には、新橋の上に立つと、源一の店
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