のであった。(第七図)
[#ここから罫囲み]
[第七図]
※[#丸5、1−13−5]

       8□
   _______
74□)□□□□□□
    □□□2
    ―――――
     □9□□
     □74□
     ―――――
      □□4□

※[#丸6、1−13−6]富山市公会堂事務所ニ置カレタル「オルゴール」時計ノ文字盤。商標ノトコロニ星印アリ
[#ここで罫囲み終わり]
 □□4□と、第五段めの四桁数字が出てきた。これを QR4S と記号をふった。
 この辺で大概決ってしまうであろうと思って調べてみた帆村は、大きい失望を経験しなければならなかった。なんの新しい決定もないのであった。F=M であったように、G=S であるが、さてそれが如何なる数字であるか分らぬ限り、なんにもならない。
「早く富山に行ってみなければ駄目だ」
 と帆村はアシベ劇場の休憩室で、大きな欠伸《あくび》を一つした。
 とうやら次の富山がゴールのようである。なにごともそこで決りがつくのだ。
 帆村はふらふらする身体を立てなおしながら、日本空輸へ電話をかけた。
「もし、富山行きの旅客機に席が一つ明《あ》いていませんか。もちろん今日のことです」
 すると返事があって、明いているという。そこで切符を頼んで、名前を登録した。出発時間はと聞けば、午前十一時十分だという。あと一時間半ばかりあった。
 帆村は公衆電話函を出ると、急に酒がのみたくなった。
 あまり時間はないが、こうふらふらでは仕方がない。ことにこれから空の旅路である。ぜひ一杯ひっかけてゆきたい。そう思った彼は、新世界をぐるぐるまわりながら、酒ののめるところを物色した。
 あとで聞くと、それは軍艦横丁という路次だったそうであるが、そこに東京には珍らしい陽気なおでん屋が軒をならべていた。若い女が五、六人、真赤な着物を着て、おでんの入った鍋の向うに坐り、じゃんじゃかじゃんじゃかと三味線をひっぱたくのである。客も入っていないのに、彼女たちは大きな声で卑猥《ひわい》な歌をうたう。この暑いのにおでんでもあるまいとは思ったが、その屈托《くったく》のなさそうな三味線の音が帆村の心をうったらしく、彼はそこへ入って酒を所望した。
 それから後のことは、帆村の名誉のために記したくない。とにかくその日の夜十時になって彼は転げこむように大阪駅に入っていった。
「富山へ行くんだ。一つ切符をどうぞ」
 彼はまだ呂律《ろれつ》のまわらぬ舌で、切符売場の窓口にからみついた。ひどく飲みつづけていたらしい。飛行機なんか、もうとっくの昔に乗りおくれてしまっている。
「おい山下君。ど、どこかへ逃げちゃったよ」
 彼は、自分にも記憶のない人の名をよんだりなどしている。
 彼は午後十時十八分の列車に、ようやくのりこむことが出来た。そして寝台の中にもぐりこむが早いか、蠎《うわばみ》のような寝息をたてだした。よほど飲んだものらしい。
 列車ボーイに起されて目がさめた。
 まだ腰がふらふらと定まらない。洗面所へ行ってみると、満員だった。窓外は朝の山々や田畑がまぶしく光っていた。
 車室へかえってくると、もう寝台はきれいに片づいていた。食慾がない。どうも変だ。昨日はなぜあのように飲みすぎたのだろう。軍艦横丁のおでん屋に顔をつきこんでから、ひどく酔《よい》のまわったことを覚えている。それから後は、連《つれ》が出来たらしく、誰かと一緒に飲んでまた飲みつづけた。大事を前にして、どうも不思議な自分の行動だった。酔いではなく、麻酔《ますい》のようにも思う――と帆村は悔恨《かいこん》の体《てい》である。
 富山駅では大勢の人が下りた。
 帆村もぐらぐらする腰をあげて下りた。外へ出たがどうも気分がよくない。
 とうとう思いきって駅前の交番へとびこんだ。甚だ気がひけるがあまり頑張っていて更に大きな失態をしては、事件の依頼主に対し相済まぬと思ったからである。
 身分証明を見せると、詰所の警官は本署に電話をかけてくれた。間もなく栗山という刑事と、ほかに医師が一人、帆村を迎えにきた。
「これは麻痺剤《まひざい》のせいですよ。誰かに一服盛られましたね。すぐ注射をうちましょう」
 医師は心得顔に、注射の用意にかかった。
「やっぱりそうか。あの山下とかいった男が、喰わせ者だったんだ」
 瞼《まぶた》の間にのこるその山下とかいった酒の連こそ恐るべき人物だったのだ。生命に別条のなかったのは何よりだった。帆村は交番の奥の間に寝かされた。
 栗山刑事が、帆村にかわって公会堂へ行ってくれた。そして彼のため書きうつしてきてくれたのは、上のような割り算であった。
[#ここから罫囲み]
[第八図]
※[#丸6、1−13−6]

       8□3
   _______
74□)□□□□□□
    □□□2
    ―――――
     □9□□
     □74□
     ―――――
      □□4□
      □□□□
      ――――
         0

(終)
[#ここで罫囲み終わり]
 なお「終」という字が一字書きこんであるところを見ると割り算の宝さがしの旅は、この富山をもって終ったわけだった。
 割り算を見ると、いよいよ答は最後の一桁まで出た。3という数字がたっている。そしてすっかり割り切れている。これでこの割り算は完結しているのだ。
 帆村はうずく顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》をおさえつつ、このノートに見入った。ここで急速に答を出さなければならない。六桁の被除数は、まだ第一数字しかわかっていないのだ。
「帆村さん。これをお飲みなさい」
 医師はコップに熱い酒をついで帆村の枕もとへ持ってきてくれた。帆村が遠慮したいというと、医師は笑って、
「いや、これは土地での一番いい酒です。これをぐっとやると、かえって早く元気づきますよ」
 帆村は、その親切な心の籠《こも》ったコップをとりあげながら、最後の解法にかかった。
[#ここから罫囲み]
[第九図]
※[#丸6、1−13−6]

       ハ ヌ
       ↓ ↓
       8X3
   _______
749)6CDEFG
↑↑  5992←ニ
イロ  ―――――
     K9LM
      ↑
      ホ
     N74P
      ↑↑
      ヘト
     ―――――
        チ
        ↓
      QR4S
      TUVW
      ――――
       リ→0

[#ここで罫囲み終わり]
 まずこれを第九図のように整理した。すぐ目につくのは、答の一の桁に現われた3と、除数の 749 とをかけると 2247 となることだ。つまり TUVW は 2247 である。うまく割り切れているところを見ると、Vは4でなければならぬが、この点もちゃんと合う。
 従って QR4S も同じく 2247 となる。
 また G=S=7 である。
 さてその次はどれが決るか。
「これはおかしい」
 帆村の顔が歪《ゆが》んだ。
[#ここから罫囲み]
[第十図]

       8X3
   _______
749)6CDEF7
    5992
    ―――――
     K9LM
     N74P
     ―――――
      2247
      2247
      ――――
         0

[#ここで罫囲み終わり]
 ここまでは進んだが(第十図)――あとはどうもうまく決らない。帆村は苦しそうに呻《うな》りながら寝返りをうった。
「どうして解けないのだろうか。おれの頭はばかになったのか」
 帆村は拳をかためると、自分の頭をガンとなぐった。
「駄目だ。解けない」
 帆村は算術地獄におちこんだと思った。さもなければ、頭脳が麻痺《まひ》してしまったのだ。ここまで解きながら、答が出ないとは何としたことであろう。はるばる富山まで来て、交番の奥の間に呻吟《しんぎん》している自分が世界中で一番哀れなものに思われた。どうにでもなれ!
 そのうちに酒が身体に廻ってきた。疲労の果《はて》か酒のせいか、彼はうとうとと睡りはじめた。


   謎は解けた


 ぱっと目がさめたとき、彼は急に気分のよくなっていることに気がついた。
 彼は再びノートをとりあげた。
 暫くノートの表を凝視《ぎょうし》していた彼は、思わず、
「うむ」
 と、呻って目をみはった。
 彼は畳の上をとんとんと激しく叩《たた》いた。
 隣室に待っていた栗山刑事が、とぶようにして入ってきた。
「帆村さん、どうしました」
「おお、栗山さん。今日東京へ飛ぶ旅客機に間にあいませんか」
「えっ、旅客機ですか、こうっと、あれは午後一時四十分ですから、あと四十分のちです。それをどうするんです」
「僕は大至急東京へ帰らねばなりません」
「そんな身体で、大丈夫ですか」
「いや、大丈夫。謎が解けそうです。すぐ帰らねばなりません。どうか飛行場へ連れていって下さい」
 親切な栗山刑事は、帆村の身体を抱えるようにして旅客機の中へおくりこんだ。
 午後一時四十分、ユニバーサル機は東京へ向けて出発した。
 帆村は青い顔を窓から出して、見送りの栗山刑事へ手をふった。そしてほっと溜息をついた。
 とうとう四日間というものを欺《だま》されとおしてきたのだ。
 帆村の心は穏《おだや》かでない。
 割り算の鍵《キイ》は一体どうなったのか。
 鍵は解けないともいえるし、解けたともいえた。なぜなら予期した六桁の数は遂に分らないのだ。分らないように出来ているのだ。なぜなら答が二つも出るのである。
 問題は答の二桁目のXだ。これは5か9かのどっちかというところまで進んでいたが、今となっては、5でもよければ9でも差支《さしつか》えないことが分った。つまり答は二つだ。
 Xが5であれば、求める六桁の被除数は 638897 となる。またXが9であれば、668857 となる。暗号の鍵の数字に、二つの答があってよいものか。ぜひとも一つでなければならない。そこにおいて帆村は万事を悟《さと》ったのだ。
「うぬ、一杯喰わされた」
 彼ははじめて夢から覚めたように思った。なぜ彼は欺されたのか。彼の敵は、帆村をどうしようと思っていたのか。すべては謎であった。それを解くには、一刻も早く東京へかえるより外ないと気がついたのである。
 どうやら東京には、彼の想像を超越した一大変事が待ちかまえているようである。一体それは何であろうか。
 帆村の羽田空港に下りたのは午後四時だった。彼は早速電話をもって、木村事務官を呼び出した。
 ところが意外にも、内務省では、木村事務官なぞという者は居ないと答えた。いくど押し問答をしても、居ない者は居ないということであった。
 遉《さすが》の帆村も顔色をかえた。今の今まで、内務省の情報部を預るお役人だと思っていた木村なる人物が夢のように消えてしまったのである。
 さてはと思って、こんどは自分の事務所を呼び出した。
 すると、電話が一向に懸らないのであった。留守番をしているはずの大辻は何をしているのであろうか。胸さわぎはますますはげしくなっていった。
 もうこれまでと思った帆村は、空港の外に出ると、円タクを呼んで一散に東京へ急がせた。
 木村事務官は消えさり、事務所は留守で、大辻は不在だ。そして自分は変な謎の数字にひきずられて四日間というものを方々へ引張りまわされた。一体これはなんということだ。
「ははあ、そうか。こいつはこっちに油断があって、うまく欺されたんだ。うむ、すこしずつ見当がついてきたぞ。相手は例の秘密団体の奴ばらなんだ!」
 帆村の顔は、次第に紅潮してきた。
 自宅にかえった帆村は、早速各所に連絡をとって情報を集めた。そして遺憾《いかん》ながら彼が欺されたことを認めないわけにゆかなくなった。
 すぐさま駈《か》けつけてくれた専門家の説明によって、一切は明らかになった。帆村を欺した
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