のは、たしかに例の秘密団体の諜者《ちょうじゃ》たちであったのだ。木村といい山下といい、それは皆、その要員であることが分った。
 最後に残る謎は、なぜ帆村をこうして四日間も引張りまわしたかということだ。
「それは分っているじゃないか。君の事務所に持っている短波通信機だよ」とその専門家はずばりと星を指した。
「えっ――」
「なあに、例の通信機の押収で、彼奴等は東京と上海との無電連絡が出来なくなったというわけさ。そこで目をつけたのは、君のところの通信機だ。そこで君を四日間、事務所から追払ったというわけだ。その間彼奴らは、君の機械をつかって、重大なる通信連絡をやったのに間違いない。そういえば、僕等の方にも思いあたることがある」
 さすがの帆村も、これを聞いて、呀《あ》っと愕《おどろ》いた。それではあの諜者連は彼の持っている短波通信機に用があったのか。
「すると留守番の大辻はどうしたんだろう」
 大辻はそれから一週間目に、冷い死骸となって帆村のところへかえってきた。
 なぜそんなことになったか。
 その間の消息はのちに、帆村が帳簿の間から発見した大辻の手記によって明らかになった。それには鉛筆の走り書でこうかいてあった。
「先生が大怪我をされたからすぐ来てくれという知らせで、私は出かけます。八月二十六日、午後十一時三十七分」
 これで一切は明白となった。諜者連の方では、大辻が事務所に残っていては短波通信機がつかえないから、帆村が大怪我をしたなどといって、大辻を誘いだし、片づけられてしまったに相違ない。大辻と来たら、おとなしく監禁されているような男ではないから、このような最期を招いたのであろう。
「こんなわけで、僕はすっかりふりまわされて、恥をかくやら、大失態を演ずるやら、今思い出しても腋《わき》の下から冷汗が出てくるよ」
 前代未聞の暗号数字事件を述べ終えて、帆村は大きな吐息を一つついた。



底本:「海野十三全集 第5巻 浮かぶ飛行島」三一書房
   1989(平成元)年4月15日第1版第1刷発行
底本の親本:「俘囚 其の他<推理小説叢書7>」雄鷄社
   1947(昭和22)年6月5日発行
初出:「現代」大日本雄辯會講談社
   1938(昭和13)年3月号
※底本の本文で、全角文字による横組みとなっている数字と数式は、ラテン文字の処理ルールに準じて半角で入力しました。ただし記号は全角を使用し、記号と和文の接するところは、半角開けませんでした。
※図中の計算式は、底本では横組みです。計算式の「□」付きの文字は、「□」なしで入力しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※初出では「彼奴等」に「彼奴等《あいつら》」、「彼奴ら」に「彼奴《きやつ》ら」とルビがふられています。
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年11月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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