帆村はそういって、心外でたまらぬという風に大きな脣《くちびる》をぐっと曲げた。
ぜひ聞かせてもらいたいというと、彼は、
「うん、話をするが、この事件は結局いくら莫迦莫迦しくったって、さっきもいうとおり僕が取扱った事件の中で一番骨身をけずって苦しんだ事件なんだから、そこに深甚なる同情を持って君もゆっくり考えながら終りまで黙って聞いてくれなくちゃ困るよ」
と、いつになく彼は僕に聞き手としての熱意を強いるのであった。
もちろん僕は大いに謹聴すると誓ったが、これから思うと、その事件において帆村は、よほど、にがにがしい苦杯を嘗《な》めたものらしい。
以下、帆村の物語となる。
秘密の人
恐らく、あの頃から後の数年が、一番多種多様の諜報機関が、国内で活動した時期だと思う。国際関係のものは勿論のこと、営利専門のものもあるし、情報通信のもの、経済関係のものなどと、ずいぶんいろいろの諜者《ちょうじゃ》が活躍をしていた。時には同士討《どうしうち》もあって面白いこともあった。
およそ相手方の諜者にやらせてならぬことは、こっちの秘密を知られることと、これを相手方の本部へ通達されることの
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