二つである。なかでも後者に属する通信であるが、これに対しては、水も洩らさぬ警戒をしなければならなかった。
 あらゆる秘密通信機関を探しだして、これを諜報者の手から取上げることも、焦眉《しょうび》の急を要することだった。幸いわが国の通信事業は官庁の独占または監督下にあったため、比較的取締に都合がよかったし、また秘密通信機がコツコツとモールス符号を送りだしてもすぐそれを探しあてるほどの監督技術をもっていたから、これも都合がよかった。その当時、そういう秘密通信機関で摘発され、或いは発見されたものの数はすこぶる多い。
 帆村荘六が事務所に備えつけていた最新式の短波通信機も当局の臨検にあい、もちろんのこと押収の議題にのぼったけれど、当時彼は既にもう某方面の仕事を命ぜられていたので、その方に必要なる道具であるとして幸いにも押収を免れた。そのとき帆村は、この短波通信機が此処《ここ》へ来てそれほど貴重なものとなったとは認識していなかったけれど、後から聞いた話によると、民間機でその当時押収を喰わなかったものとては、帆村機の外に殆んどなかったとのことである。当時帆村はそういう事態を、それほどまで深刻に認識していなかったのだ。もちろん誰かからそういう説明を聞けばよく分って警戒もしたであろうが、事実説明はなかったとのことである。
 さて或る日、帆村の事務所へ電話がかかってきた。大辻《おおつじ》という助手が出て、相手の名前を訊ねたところ、貴方は帆村氏かという。大辻助手が、私は主人の帆村ではないと応えると、相手は帆村氏を電話口へ出してくれといって、なかなか身柄を明かさない。そこで大辻はその由を帆村に伝えたが、まあこんな風な電話のかかって来方は事件依頼主が身柄を秘したいときによくやる手で、それほど大したことではなかった。
 入れかわって帆村が電話口に出てみると、相手はまた入念に帆村であることを確かめた上で、
「――実は、こっちは内務省なんですが、秘密に貴下の御力を借りたいのです」
 と、始めて身柄を明かした。
 そういう官庁とは、はじめての交渉であったけれど、官庁のことゆえ、帆村は助力をしてもいいが、と一応承諾の用意があることを明らかにし、その依頼事件の内容について訊ねた。
 すると相手は、
「いや、もちろん電話ではお話できませんから、お会いしたい」
 という。
「ではいつそちらへ伺いましょうか」
 と帆村が訊ねると、
「なるべく早いことを希望します。しかしこっちへお出でになると、いろいろな人物も出入していることだしするから、目に立っていけません。だから外でお目に懸りましょう。それには、こうしてください」
 といって、木村氏と名乗るその役人は、帆村に対し、今から三十分後、日比谷《ひびや》公園内のどこそこに立っていてくれ、すると自分はこれこれの番号のついた自動車に乗ってそこを通るから、そこで車に一緒にのってくれるように、あとはこっちは委せてくれということだった。帆村は承知の旨を応えて、電話を切った。
 大辻助手には、すぐに出懸けるからと前提して、電話の内容を手短かに話をし、帆村がどこに連れてゆかれるかを確かめるため、適当に車をもって公園の中に隠れており、うまく尾行をするように、そして送りこまれたところが分れば、すぐに事務所に戻っているように、またそれから一時間経って、帆村からなんの電話も懸ってこないときは、すぐさま飛びこんでくるように申し渡して、事務所を出たのであった。というのも、官庁は別に怪しくなくても、いつ悪者どもが官庁の御用らしく見せかけて、こっちに油断をさせないでもないからのことだった。
 帆村は十分の仕度をして、木村氏にいわれたとおり、三十分のちには日比谷公園の所定の場所に立っていた。
 それから五分おくれて、形は大きいセダンではあるが、型は至極古めかしい自動車がとおりかかった。なるほど一目でそれと知れる官庁自動車だった。ラジエーターの上には官庁のマークの入った小旗がたてられていた。
「ああこれだな」
 と思った折しも、車が帆村の前にぴたりと停り、中にいた四十がらみの鼻下に髭のある紳士が帆村の方へ顔をちかづけて、
「木村です。さあどうぞ」
 と、柔味のある声音で呼びかけた。
 帆村はそのまま車内の人となった。
 そして彼は、木村氏の案内によって築地《つきじ》の某料亭の門をくぐったのであった。時刻は丁度午後三時十七分であった。


   暗号の鍵


「やあ、どうもたいへん失礼なところへ御案内いたしまして――。でもこうでもしないと、私どもの官庁の重大事件を貴下《あなた》にお願いしたことがどこへもすぐ知れ亙ってしまいますので」
 と、情報部事務官木村清次郎氏は、初対面の挨拶のあとで、すぐと用談にとりかかった。
「――これは、政府の一大事に関する緊急な調
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