どうにもはっきりさせようがなかった。帆村はノートを閉じて、車窓の向うにぐんぐん流れゆく田園風景に目をやった。畑はどこも青々としていて、平和そのもののように見えるのを感心しているうちに睡くなって寝込んでしまった。
どの位睡ったかしらぬ。列車ががたんと揺れたので眼を覚ました。ちょうど今列車は電灯があかあかとついた駅の構内にスピードをゆるめて入っていった。駅名を見ると、沼津だ。正に午後八時五十五分のことであった。
彼は列車を捨てて駅の外に出た。
腹はおそろしく空《す》いていた。考えがあって、車内で喰べることを控《ひか》えていたのだ。考えとは外でもない。宝探しみたいな例の暗号手引によって、駅前の菊屋食堂に入って調べなければならぬとすると、ここは我慢して空きっ腹にして置く方が便利であったのだ。
菊屋食堂は、大きな看板が出ているので、すぐそれと分った。
「姉さん。すっかり腹を減らしてしまったよ。いそいで食事をこしらえてくれないか。ええと、献立はエビのフライに、お刺身《さしみ》に、卵焼きに、お椀にライスカレーに、それから……」
ウェイトレスがくすくすと笑いだした。あんまり多量の注文だからであった。
帆村はそれをきっかけに、ウェイトレスと心やすくなってしまった。
「なんだなんだ、これは綺麗な橋がついているじゃないか」
と、帆村は壁のところにちかよった。
「ロンドン塔の写真よ。昔その中で、たくさんの人が殺されたんですって。その中には王子様も交っていたのよ」
「へえ、君は物しりだね、そんな恐ろしいところとは見えないほど綺麗だ。なるほど」
そのとき内から声があって、ウェイトレスを呼んだ。どうやら料理が上ったようである。――帆村は苦もなく、ロンドン塔を裏へひっくりかえして、鏡の裏面に紫外線ペイントで書いてある秘密文字を拾うことができた。
それをノートへうつしとったときに、ウェイトレスが湯気《ゆげ》のたつ卵焼きを盆にのせて搬《はこ》んできた。帆村はなにくわぬ顔をして、卓子《テーブル》のところへ戻ってきた。
次から次へと搬ばれてくる大味な料理をどんどん片づけながら、帆村は壁に貼ってある時間表へしきりに目をやっていた。
「十時二十五分、神戸行急行というのに乗るよりほか仕方がない」
彼は次の旅を考えていたのだ。目的地は大阪であった。段々と西へ流れて東京から遠くなってゆくことが
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