人だぞと大ぴらに本国の国籍を表明していて一向さしつかえないのであった。私は、久方振《ひさかたぶ》りのこうした安楽した気持におちついたので、願わくば、今二三月もこの土地で静養したいものだと、ふとそんな贅沢《ぜいたく》な心が芽生《めば》えてくるのだった。その贅沢心を、或る日白木豹二が、一撃のもとに打《う》ち壊《こわ》してしまった。彼はその前夜から宿を明け放《はな》しであったが、正午ごろになって、ふらりと私の部屋にとびこんできて、オーバーもぬがず、ステッキをふりながら、常になく、はあはあと息せき切っていうことには、
「おい、日本人の名誉にかかわることが起ったんだ。われわれは今夜八時に、ウィード飛行場から出発だぞ」
 突拍子《とっぴょうし》もない話である。日本人の名誉に拘《かかわ》るとはいかなる事件が起きたのか、私には皆目《かいもく》呑《のみ》こめない。
「何が日本人の名誉にかかわるんだい」
 私は、安楽椅子に腰を深く下ろしたまま、ウェルスの小説本の続きを読みながら、たずねた。
「それは、こうだ。ええと、どういったらいいかなあ」と、白木は、妙に考え込《こ》んだ。
「そうだ。つまり、敵性国《てき
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