…」
「おい、また敗戦主義か。それだけはよして貰いたいね」
「そうだったな。よろしい、一つ大胆《だいたん》な仮説《かせつ》を立てて、そこから入《はい》り込むことにしよう」
私は、腕を組んで、改《あらた》めて室内を見渡した。
「ええと、メントール侯が、充分安心して暗号簿《あんごうぼ》をこの部屋に隠しているとしよう。すると、どんなところが安心のできる場所だろうか」
「おい、早くやってくれ」
「まあ、そうあわてるな」
「あわてはせんが、無駄に時間をつぶすな」
「ふーん、やっぱりあの蓄音機らしいぞ」
私は、この部屋に於ける唯一《ゆいいつ》の目ざわりな新時代の道具として、さっきから卓子《テーブル》の上の蓄音機に目をつけていた。そこで私は、傍《わき》へよって、蓋をあけた。
「おお」
私は呻《うな》った。蓄音機は、最近誰かが音盤《レコード》をかけて鳴らしたらしく、廻転盤には埃《ほこり》のたまっている上に、指の跡がまざまざついているのであった。そして針があたりに散乱しているところから見て、この蓄音機を懸けた者は、たいへん気がせいていたのだと思われる。
「すると、誰か既に、この蓄音機に目をつけて、さんざん探した者があるんだな」
私はちょっと失望したが、しかしすぐ気をとりかえした。あわて者は、肝腎《かんじん》の宝物に手をふれても、それと気がつかないだろう。まだ脈《みゃく》があるにちがいないと、私は合点《がてん》のいくまで調べる決心をした。
私は、蓄音機をかけてみようと思った。廻転盤の上には、音盤《レコード》が載っていなかった。
「音盤はどこにあるのかしらん」
私はあたりを見廻した。あった。
音盤を入れる羊の皮で出来た鞄が、小|卓子《テーブル》の上にのっていた。その中を調べてみると、音盤が十枚ほど入っていた。私はその一枚一枚をとりあげてラベルを見た。
これはいずれも英国の有名な某会社製のものであって、曲目は「ホーム・スイートホーム」とか「英国々歌」とか「トロイメライ」とかいう通俗《つうぞく》なものばかりであった。
私はその一枚をとって、蓄音機にかけてみた。ヴィオロンセロを主とする四重奏《しじゅうそう》で、美しいメロディーがとび出して来た。聴いていると、何だか眠くなるようであった。
しかし別に期待した異状はなかった。
「駄目だなあ」私は、次の音盤をかけた。これも異状なし
前へ
次へ
全14ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング