であった。それから私は、また次へうつった。
それは丁度《ちょうど》八枚目をかけているとき、とつぜん外で銃声を耳にした。と、それにかぶせて、若い女の悲鳴が起った。
「おい、なんだ。どうしたのか」
私は白木の方をふりかえった。白木は窓のところに立ち、カーテンの蔭から、例のステッキに似せた軽機銃の銃口《じゅうこう》を窓外《そうがい》にさし向けたまま、石のように硬くなっていた。
「こっちを射撃しやがった。だが命中せずだ。例のげじげじ牧師に案内されて来た曲者《くせもの》一行の暴行だ」
といっているとき、またもや銃声が二三発鳴ったと思ったら、窓|硝子《ガラス》が鋭い音をたてて壊れて下に落ちていった。
「おい、暗号は見つかったか」
白木は、相変《あいかわ》らず石のように硬い姿勢を崩さないで、私にきいた。
「まだだよ。もう少しだ。じゃ外の方は頼んだぞ」
私はそう叫んで、あと二枚の音盤の調べにかかった。「ローレライ」に「ケンタッキー・ホーム」に「セレナーデ」に……と調べていったが、私は大きな失望にぶつかった。期待していた最後の二枚にも、遂に何の異状もなかった。暗号らしいものの隠されている徴候《ちょうこう》は、一向発見されなかったのである。
「そんな筈はないんだが……もし、蓄音機が暗号に無関係だとすると、これはもう簡単に手懸《てがか》りを発見することは不可能だ」私は失望して、白木の方を見た。
白木は、はっと身をひいて、壁にぴたりと身体をつけた。又銃声と共に、彼の傍の窓硝子が水のように飛び散った。
と、こんどは白木がひらりと身を翻《ひるがえ》して床の上に腹匐《はらば》いになると、例の機銃を肩にあてて遂に銃声はげしく撃ちだした。私の身体は、びーんと硬直した。
「おい、まだかね、まだ発見できないか」
白木は叫ぶ。私は、はっと吾《わ》れに戻った。
「うん……もうすこしだ。頑張っていてくれ」
私は、心ならずも嘘をつかねばならなかった。私は全身に熱い汗をかいた。ここですべてを諦《あきら》めてしまえば、これまでここに入りこんだヘボ密偵と同じことになる。私の頭の中には、蓄音機や音盤《レコード》やモールス符号やメントール侯爵の顔や島の娘の顔が、走馬灯《そうまとう》のようにぐるぐると廻る。
「何かあるにちがいないのだが……」私は室内をぶらぶら歩きはじめた。それから心を落ちつけ、目を皿のよ
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング