唇まで持っていった盃を呑みもせずに下に置いて、大きく溜息《ためいき》をついて、
「明日だ。ひょっとしたら、遅すぎるかもしれないが、明日にしよう。今日いくのは危険だ」
といって、何をか考え込む様子だった。
城塞見物《じょうさいけんぶつ》
その夜は、娘さんたちに約束のとおり、白木はホテルの広間を借りきって、豪華なダンスの会を催《もよお》した。
その盛会だったことは、呆《あき》れるばかりで、白木は始終鼻をうごめかしながら、溌剌《はつらつ》たるお嬢さんや、小皺《こじわ》のある夫人たちに、あっちへ引張られ、こっちへ引張られして、もみくちゃにされていた。あとから白木の弁解するところによると、これも重要なる作戦の一つで、われらの旅行目的をカムフラージュし、且《か》つはメントール侯の日常を知っている娘さんたちを味方につけて、翌日以後大いに利用しようという魂胆《こんたん》だったということである。
さて、その翌朝《よくあさ》とはなった。
私たちは、軽装《けいそう》して、宿を出た。物好きに城塞見物《じょうさいけんぶつ》をやって楽しもうという腹に見せかけ、ホテルのボーイに充分の御馳走や酒類を用意させて、お伴《とも》について来させる。その上に、例の溌剌たるお嬢さんがたを全部、招待して、まるで、移動する花園の中に在《あ》る想《おも》いありと、側《はた》から見る者をして歎《たん》ぜしめたのであった。これくらいにやらなければ城塞の番人は、こっちに対して気を許すまいと思われたからであった。
わが一行は、坂道をのぼっていった。
陽はつよく反射して、咽喉《のど》が乾いてこたえられなかった。わが一行は、方々で小憩《しょうけい》をとった。そのたびにレモナーデだ、ハイボールだなどと、念の入ったことになる。だから、私たちが城塞の下についたころには、私たち二人を除《のぞ》いたあとの一行全部は、後遅《おく》れてしまったのであった。
「おい白木、これじゃしようがないじゃないか」
と、私がいえば、白木はにやりと笑って、
「いや、これでいいんだよ。皆を待つふりをして、城塞を外からゆっくり拝見といこうではないか」
と、彼は、太いステッキをあげて、爆弾に崩《くず》れた石垣のあたりを指すのであった。
「例の宝物は、どこにあるのか、君は見当がついているのかね」
「さあ、よくは分らないが、何としても
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