次に起ったことを、袋探偵はわりあいはっきり覚えている。
 というのは、たちまち身近に起った大乱闘。罵《ののし》る声。悲鳴。怒号。殴りつける音。なにかがしきりに投げつけられる音。それから乱れた足音。遠のく足音。……
 袋探偵は、八つ手のかげで、いくたびとなく立とうと努力した。だがそれは遂に駄目であった。腰が重くて、力がはいらなかった。そのうちに何だか机ぐらいの大きさのものがとんで来て、彼を張り倒した。彼は温和《おとな》しくなった。
 やがて彼は気がついた。
 身体の方々に、はげしい痛みを感じた。手をちょっとあげても痛いし、足をちょっと動かしても痛い。腰のあたりがひりひりする。
 だがうれしいことに、こんどは二本の足で立上ることができた。ただし彼の背は丸く曲ったままであった。だがこれは元々彼が猫背のせいなので、なにも今夜に始まったことではない。
 彼は長時間厄介になった八つ手のしげみから放れようとして、蹴つまずいた。足の先に、ずしりと重いものを突っ掛けた。見ると折鞄が落ちていた。
 彼はそれを拾いあげて、常夜灯の下まで持っていって改めた。このとき彼の眼は、もう酔眼ではなかったが、全く見覚え
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