構えて猫背の肥満漢が茶色の大きな眼鏡をかけて、人をばかにしたような顔で、にこついていた。
「ちぇッ、きさまは猫々か、いっぱい喰わしたな」
烏啼は無念のあまり舌打ちをした。
「折角《せっかく》御来邸の案内状を頂いたのに、留守をしていては申訳ないからね」
「途中から引返したのか」
「とんでもない。拙者は原の町行きの切符を買っただけのことでござる」
「でも、確かに袋探偵は玄関から旅行鞄と毛布を持って出かけていったが……」
と碇が不審の思い入れだ。
「ははあ、あれは拙者のふきかえ紳士でな、日当千円のものいりじゃ。後で君の方へ請求書を廻すことにしよう」
「おい猫々先生。どうするつもりか。いつまでわれわれに手をあげさせて置くんだ」
「いや、もうすぐだ。警察隊がやがて来る。もう五六分すれば……」
「五六分すれば……」
烏啼の目がぎらりと光って碇へ。
と、高くさしあげた碇の手の中で、ぴしんと硝子のこわれる音がして、破片が床にこぼれ落ちた。
「何だ。何をした」
と、袋探偵は銃口を碇の方へ向ける。そのとき碇が蒼白になって昏倒した。と、その隣にいた烏啼もばったり倒れた。
「どうした……」
言葉半ばに、探偵の瞼は重くなり、抱えていた機銃をごとんと足許へ取落とした。が続いてその機銃の上へ、彼の身体が転がった。
三人の金庫破りの名人たちも、ばたばたばたと倒れてしまった。
みんな死んだ。いや人事不省かも知れない。そしてこれは僅《わず》か数秒間の出来事であった。一体何事が起ったのであろうか。そのとき、どやどやと足音がして雪崩《なだ》れこんで来た十数名の男たち。彼らは申し合わせたように防毒面をつけていた。
そして烏啼以下五名の賊徒を引担ぐと、踵《きびす》をかえして急いで部屋を出ていった。
あとに袋猫々ただひとりが、森閑とした部屋に取残された。
烏啼の館では慰労の夜宴が開かれた。
「あのポンスケ探偵も、今頃はさぞおどろいているでしょうね」
「ふふン、まさか毒|瓦斯《ガス》で呉越同舟の無理心中をやらかすとは気がつかなかったろう」
碇が掌の中で壊した硝子のアンプルの中には、無臭の麻痺瓦斯が入っていたのである。
「烏啼組じゃなきゃ見られない奇略ですね」
「なあに、大したことはない」
「われわれを一ぱい喰わしたつもりが、まんまと重要書類をさらって行かれて袋猫々先生、さぞやさぞなげいてい
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング